2007.10.26

山田洋行、久間元防衛相も接待ーーパシコンでも秘書が暗躍か?

 昨日から大手マスコが、久間章生元防衛相が「山田洋行」の宮崎元伸元専務等から接待を受けていたことが「分かった」と報じているが、実はこれは日本共産党の機関紙『「赤旗」日曜版』(10月28日号)がスクープしたもの。大手マスコミをこれを見て報じているに過ぎない。ところが、パシコンとの絡みの方だが……。
2007年10月26日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2006.11.17

<気まぐれコラム>

                 日々歳々(22)

日本でまたもや、やるせない事件がおきた。10月23日、秋田県の農業用水路で4歳になる保育園児、進藤諒1_2介ちゃんが遺体でみつかった。秋田県警は、母親の美香(31)と愛人の畠山博(43)を殺害容疑で逮捕した。二人は警察の調べに対し「子供がうるさかった」と供述した◆4月にも同じような事件がおきている。秋田県の小学1年、米山豪憲君(7)殺害容疑で逮捕された畠山鈴香容疑者(33)は、自分の子である彩香ちゃん(9)をも殺害。彼女もまた、「娘が邪魔になった」と話した◆愛人との生活に溺れて自分の子を「邪魔だ」として殺す鬼母たち。母親がわが子を殺す事件は、尊属殺人の中で最も哀しく、虚しい事件だ。そこには、母親の情も、母性のかけらもない。まさに“鬼畜の所業”である。親を選べなかった子供たちは不幸な一生を短く終え、逝ってしまった。不憫すぎる子供たちである◆最近の日本社会、母子による殺人事件が急増している。ところが、である。この手の事件の社会的影響、衝撃度は年々薄れており、ワイドショーのネタと化している。無理もない。これだけ頻繁に起きると、いつの間にか、麻痺してしまうのだろう。それに、日本は世界第二の経済大国、豊かさに舞うことに忙しいのだろう◆日本に昔…昔といってもわずか30年~40年前だが、こんな歌があった。「♪ かあさんが夜なべをして 手袋(てぶくろ)編んでくれた。木枯(こが)らし吹いちゃ 冷たかろうと せっせと編んだよ ふるさとの便りは届く 囲炉裏(いろり)の匂いがした」。夜なべをして子供の手袋を編んでくれた日本のおかさんたち、そんな社会はもう、どこを探してもない。

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2006.09.06

<気まぐれコラム>

                <日々歳々>(21)

日本時間の6日午前8時27分、秋篠宮妃紀子さまは男の子を出産した。おめでたいニュースだ。男子皇族の誕生は約41年ぶり、天皇陛下の孫の世代では初めての男子となる。皇位継承順位は、皇太子さま、秋篠宮さまに4次いで第3位となる◆日本の男子皇族の誕生を世界中のマスコミが速報で伝えた。米CNNテレビは5日午後8時(米時間)前に速報。東京特派員の女性キャスターが「イッツ・ア・ボーイ(男の子です)」と伝え、英BBCテレビも「日本皇室に41年ぶりに男児誕生」と、トップで伝えた◆政府の有識者会議は、皇位継承者を男系男子に定めた皇室典範について、女性・女系天皇も容認する報告書をまとめたが、今回の懐妊で、政府は国会への提出を見送った経緯がある◆同じ日の朝、アジアの情報マガジンに小さな記事が掲載されていた。記事は、8月20日にインドのニューデリーで11歳の女の子が売春容疑で保護された内容であった。少女の名は「スージン」。生まれて三日後に寺院の前に捨てられた彼女は、簡易タクシーの運転手によって拾われた◆少女は、5歳まで養父母に育てられた。その後、孤児などを集めて観光客相手に金銭を乞うシンジケートに百ドルで売られ、7歳頃から少女マニアの男たちに玩ばれるようになった◆世界中の関心が注がれる祝福された運命。片や、親の存在も知らない少女…人間の運命は生まれ乍らにして決まるのだろうか…、今こうしている間にも、それぞれの運命を背負った子どもたちが世界各地で生まれている。平等という文字が虚しく響く朝だった。

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2006.07.26

<気まぐれコラム>

              <日々歳々>(20)

先週、TVのワイドショーで「民家で被害急増。ならず者を追跡!」との番組をやっていた。タイトルに釣られ画面に目を向けると、水槽の熱帯魚や農作物が何者かに食い荒らされ、それを番組のリポーターが“重大事件”のように1769999
報じていた◆ならず者の正体は、北米原産のアライグマであった。アライグマは哺乳類の一種で、前足を水に突っ込んでカエルやザリガニなどを獲る姿が手を洗っているように見えることから、その名(洗熊)がついたそうだ。実際、アライグマの愛くるしさは、パンダに劣らない可愛らしさである◆アライグマは、日本には生息しない動物だ。しかし、近年のペット・ブームで日本に輸入された後、飼い主が遺棄もしくは逃亡し、野生化した。野生化したアライグマは、天敵のいない日本で急速に生息域を広げ、今や全国で繁殖している。すごい生命力だ。彼らは、故郷の自然環境とは異なる経済大国の都会で、子を養い、子孫を残すために逞しくも、一生懸命に生き抜いてきたようだ◆テレビの画面が変わった。今度は、アライグマの巣を直撃すべく、民家の屋根裏にカメラが入った。ライトが天井裏を照らしたその時、隅っこの方で何かが動いた。リポートがカメラを向けるよう指示した。するとそこに、アライグマの子が脅えるよう身を屈めていた。アライグマの子は、親の留守時に襲ってきた突然のまぶしさに、天が落ちてきたような驚き…、恐怖に慄いてしまったのだろう◆彼らは元来、人間を襲ったりはしない。でも、人間さまに害を及ぼしている以上、「ならず者」と名指しされ、「狂暴な動物」とのレッテルを貼られても何もいえない…、それが人間さまのエゴ、ルールだから仕方ない。アライグマたちは、日本に連れてこられた運命をして、人間に牙をむく「ならず者」に徹してでも生き延びようと決心したのかもしれない◆パンダのように大切に育てられている動物もいれば、アライグマのような動物もいる。動物の運命も、人間と同じようなドラマで、紡がれていくのだろう。

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2006.03.09

<気まぐれコラム>

        <日々歳々>(19)

新潟県農業研究所が遺伝子組み換え技術を活用し、自然界に存在しない「青いユリ」の開発に取り組んでいる。同県のユリの出荷量は全国三位。チューリップと並ぶ園芸の主力商品として、一九九八年から青いユリの開発に着手した◆ユリには青い色素を作り出す遺伝子がない。そこで、同研究所は遺伝子組み換え技術の研究を重ね、二〇〇二年にほかの植物の遺伝子をユリに組み込むことに成功、同年十二月に特許を出願した。同研究所アグリ・フーズバイオ研究所の部長は「花をつけるまでは早くても二~三年かかる」と語っている◆「青い色素」がないのはユリだけではない。バラにも「青いバラ」がない。ところが、二〇〇四年、飲料水メーカーのサントリーが「青いバラ」の開発に成功し、世界を驚かせた。自然界に存在しない「花」を次から次へと創り出す遺伝子組み換え技術とは、まるで魔法のような技術である。
 2006年3月9日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2006.02.10

<気まぐれコラム>

            <日々歳々>(18)

2月のある朝(10時半頃)、新宿駅西口の歩道を歩いている時、一人の老婆が数個の箱とイスを道端に並べていた。はじめは露店商がなにかを売ろうとしていると思ったが、そうではなく、それは靴磨きの“店”を出す準備であった◆私の靴も磨いてもらうことにした。しかし、息子のような私が母親のような老婆に靴を磨かせるなど、してはならないことに思えた。でも仕方のないこと…自分を納得させるように割り切った。老婆は布切れを手に巻き、靴墨を塗っていく。老婆の慣れた手つきがより一層、痛々しさを際立たせていた◆右足を磨き終えて左足に移る時、「寒くはないですか」「ここで何年になるのですか」と、失礼がないよう話しかけた。すると彼女は、やさしい声で言葉を返した。老婆は十数年前から新宿駅界隈で靴磨きをしていると言った。一日に多い時で約40人、少ない時で約25人。料金は一回五百円、1日約1万2千円から2万円の収入になると笑った。
 2006年2月10日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2006.01.25

<気まぐれコラム>

            <日々歳々>(17)

昔、一人の旅人が村外れを歩いていると、遠くに人を背負った人影が行ったり来たりしているのが見えた。旅人は何をしているかと思い、声の届くところまで行って聞いてみることにした◆旅人の声に足を止めた農民は、『種を撒いています。私には両手がないので代わりに、こやつが種を撒いています』と言った。すると今度は、もう一人の農民が、『私は足が不自由で歩けません。だからこやつが代わりに歩いてくれるのです』と言い、自分を背負っている農民の汗を親切に拭っていた◆両手のない人と足の不自由な人がお互い、力を合わせて種を撒く。こうしたことは人間社会だけではない。花は蜂に花粉を運んでもらうため蜜を出し、河馬(カバ)は歯に付着した食べカスを鳥に食べてもらうべく、大きな口を開けて待つそうだ。自然界の秩序もまた、補い合い、助け合うことで成り立っている。
 2006年1月25日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2006.01.09

<気まぐれコラム>

<日々歳々>(16)

正月、「男はつらいよ」のビデオを観た。「わたくし生まれも育ちも…」で始まる寅さんの映画は、いつ観ても心が和む。ストーリは毎回、同じだ。慌て者で寂しがり屋の寅さんと、おいちゃん、おばちゃん、そして妹のさくらが繰り広げる下町人情劇だ◆寅さんの映画には多くの名場面がある。そのなかでも、寅さんとおいちゃんが喧嘩するシーンは印象的だ。寅さんの言動に怒ったおいちゃんは、『お前みたいな奴は甥でもなんでもない!出て行け』と怒鳴ってしまう。すると寅さんは、「ああそうかい、それを言っちゃおしまいよ!」と、なんともいえない表情でおいちゃんを睨み付ける◆寅さんは、おいちゃんたちとの絆を「絶対的」なものだと信じている。おいちゃんとの喧嘩は“家族であることの証”なのである。ところが、その証しであるおいちゃんの口から、「お前なんか甥でも何でもない!」と言われた時、寅さんは心の糸が切られたような…、信じていたものが崩れるような心境になる。
 2005年1月9日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.12.22

<気まぐれコラム>

<日々歳々>(15)

西新宿、東京都庁裏手にある公園。そこはホームレスの住処になっている。青いテントが点在するなか、ダンボールで作られたものもある。でも最近は、ホームレスも減っている。都が積極的にホームレス対策に取り組んできた成果?なのだろうか◆ある日、公園を歩いていると、ホームレスのテントに一匹の犬が繋がれていた。犬好きの私はさっそく、親しみを込め、手を差し出した。ところが彼は、私が向けた親しみにはなんの興味も示さず、無愛想な表情で横を向いてしまった。一瞬、なんと可愛げのない犬かと思い、そのまま通り過ごそうとしたその時、テントから一人の老人が出てきた。すると犬は、“主人”に向かって思い切りジャレだした。老人と戯れる犬の情には、羨ましい限りの信頼が溢れていた◆人間に飼われている犬たちはみな、自分の主人がどんな生活をしている人間かしらない。ただ、自分を飼ってくれている主人…自分を愛し、自分を可愛がってくれる絶対的な存在、と認識しているだけだ。
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2005.12.17

<気まぐれコラム>

           <日々歳々>(14)
昔、中国に老人を捨てる国があった。ある日、王に仕えていた忠実な家臣が、なにか深刻に悩んでいた。いくら王が下した命令とはいえ、老いた父を捨てることができなかったからである。そこで家臣は、父親を地下に隠して住まわせた◆ある日、王の前に神が現れ、「ここに母子の馬がいる。母馬、子馬をどう見分けるか。また、蛇の雄と雌はどう見分けるか。これに答えられなければ国を滅ぼす」と言った。そこで王は、国中に布告を出した。でも答えられる者は誰もいなかった◆焦りはじめた王の姿をみた家臣は急いで家に帰り、父親に尋ねた。家臣の父親は、「それはやさしいことだ。馬に草を与えるとすぐにわかる。母馬の方は必ず、子馬を先に食べさせる。また、柔らかい敷物の上に二匹の蛇を置くと、騒がしく動く方が雄、動かない方が雌だ」と教えてくれた。
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2005.11.21

<気まぐれコラム>

           <日々歳々>(13)

デミング賞を受賞された故西堀栄三郎氏が南極越冬隊時代に体験した話だ。南極で犬橇(そり)を使うために北海道から犬を連れていった。あるとき、その犬が鎖を切って日本の方角に向かって走りだした。それをみた西堀氏は興味を抱き、犬を観察するようになった◆犬を観察していると、ソリを引いての移動中に犬たちが一斉に立ち止まり、鳴きだした。そんなことが一日に何回もあった。西堀氏は、もしかしたら北海道にいる母犬を想って鳴きだしたのではないかと考え、日本に連絡してみた。すると、北海道にいる母犬も同じ時刻に遠吠えをしていたそうである◆南極と北海道で時間が合う偶然…、それも一日数回である。西堀氏はそれを「テレパシー」と言った。南極に連れて行かれた子犬を忘れられない母犬が一日数回、南極の方角に向かって『元気でやっているか』と、母性を発する。すると子犬もまた、母犬からの想いを感じて、『お母さん元気でいるよ』と応えたのだろう。
 2005年11月21日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.11.05

<気まぐれコラム>

             日々歳々(12)                                

中国の揚子江にかかる「揚子江橋」は、鉄道と道路が一体となった全長6772メートルの橋だ。長さは世界で三番目だが、この種の橋としては世界一である。この橋にはいつも、何千人という歩行者があふれ、橋の下90メートルのところでは、無数のはしけ船が行き来している◆1968年に橋が開通して以来、ここから千人以上が身投げし、死んでいる。自殺成功率百%の橋でもある。この橋には3年前から、30代中頃の中国人男性が自殺志願者を救う仕事をしようと決意、週末になるとやって来る。そして、自殺しようとする人を説得したり、橋から身投げしようする人を止めたりしている◆男性が揚子江橋の自殺者救助役を担うようになってから今まで、合計42人のいのちが救われている。男性のことがメディアに紹介された後、数人の大学生たちがこの仕事を手伝うようになった。そのなかには、男性に助けられた元自殺志願者もいる。
 2005年11月5日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.10.26

<気まぐれコラム>

日々歳々(11)

書斎を整理していたら一年前の週刊誌が出てきた。週刊誌を捲ると、「一世を風靡したスターたちの若き日」と題する企画ページがあった。そこには、各界で活躍した著名人たちの“若き日”がモノクロ写真で掲載されていた◆スターたちの若き日。ノーベル賞作家が詰襟の学生服を着て笑っている写真、国民的歌手と言われたスターの、
デビュー当時の顔、石原東京都知事が「太陽の季節」で芥川賞を受賞した時の顔、中曽根元首相が初めて国会議員に当選した日の顔…、どの表情にも、若さと希望が溢れている◆一斉を風靡したスターたちは今、それぞれの晩年と向かい合っている。はちきれそうな若き日の肌には無数の皺(しわ)が刻まれ、尖っていた表情も穏やかになっている。どんな人間にも老いを止めることはできないものである。
 2005年10月26日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.10.13

<気まぐれコラム>

              日々歳々(10)

米国で生まれたヘミングウェイは18の時、新聞記者になった。ところが世界大戦が勃発し、ヨーロッパに渡ることになった。戦後、彼はパリに残り作家活動をはじめる。文壇デビューはこの時に書いた「日はまた昇る」であった。その後に「武器よさらば」「誰が為に鐘が鳴る」などの名作を発表、「老人と海」でノーベル賞を受賞する◆「老人と海」にはモデルがいた。キューバ籍のグレゴリア・フェンテスさんである。アナリア諸島に生まれたフェンテスさんは6歳の時、キューバにわたった。彼は31歳の時にヘミングウェイと出会い、ヨットの船長兼コックとして働いた。「老人と海」はヘミングウェイがフェンテスさんの日常生活を綴った語である◆米国で生まれた人とアナリア諸島で生まれた人がキューバで出会い、ノーベル賞に行き着いた。
 2005年10月13日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.10.02

<気まぐれコラム>

            日々歳々(9)

衆院選に勝った「小泉幕府」の歓声が連日、マスコミを賑わしている。でも勝ったから「真実」とは限らない。これは裁判にもいえることだ◆最近、興味深い判決が立て続けに出ている。「在外選挙権の制限は違憲」「首相の靖国参拝は違憲」「一太郎と花子が松下に逆転勝訴」…、これら事件はどれも、微妙なものばかり。事実、靖国神社参拝を「合憲」とする判決も多く出ている。これでは益々、わからなくなる。裁判所も何が真実かわからないようである◆数年前にイタリア北西部の町であった話だ。離婚した両親が五歳の一人息子とクリスマス休暇を一緒に過ごそうとして、裁判所に訴えた。前例のない訴えに、判事は困ってしまった。そこで判事はコイン投げを提案。両親も同意した。判事の投げたコインは「裏」と出たので、子どもと一緒にクリスマスを過ごす権利は母親の方に与えられた。
 2005年10月2日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.09.23

<気まぐれコラム>

   日々歳々(8)

神社などに行くと提灯や石碑に、町内の名士や要人たちの名前がずりと記されている。お布施や寄付金を多く寄付した人はそれだけ、名前も大きく掲げられる。自分の名前が郷土の神社に残り続ける…当人にとっては嬉しいことだ◆多くの人々が慈善活動を行っている。ところが、なかには、相手のために施される善ではなく、“善もどき”や“売名”に連なっているものが少なくない。哀れみ、苦しみに手を差し伸べる行為そのものが、優越感や自己満足となってしまうからである◆昔、一人のお爺さんが死んで天国に着くと、そこに一人の天使が待っていた。天使は、「天国に入るには百ポイントが必要です。生前にしたことを教えてください」と言った。お爺さんは、「なんだ。天国に入るのは簡単じゃないか」と思った◆お爺さんは天使の前で得意に語りだした。
 2005年9月23日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.09.19

<気まぐれコラム>

     日々歳々(7)

海賊版の被害が世界的に拡がっている中、世界中でベスト・セラーになっている「ハリー・ポッター」最新作の海賊版翻訳本がはや、中国で登場した。英米で出版された原書は六百ページだが、海賊版は四百ページである。北京の地下鉄で、二十元(約二百八十円)で売られている◆海賊版製品の中には、電化製品、コンピューター・ソフト、化粧品、DVD…、オートバイや自動車などの大型製品まである。なかには本物と見分けがつかないほどに、精巧にできている製品もある◆海賊版は主に、アジア地域で製造されている。その中でも、中国はダントツだ。なんでも、世界で流通している海賊版の65%が、中国製だそうである。五千年の歴史を誇る中国も、今や、海賊版の世界工場に成り下がってしまったようだ◆2500年前の中国、春秋時代、孔子が弟子たちに言った。
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2005.09.04

<気まぐれコラム>

               日々歳々(6)

ある雑誌に南米の記事が載っていた。今から7年前、コロンビアの農村に暮らしていた親子の話である。そこは父一人子一人の貧しい家庭であった。父親はゲリラ戦で両足を失い、豆の皮を剥ぐ仕事で生計をたてていた。少年は物心ついた時から家庭の事情、“貧しさ”というものがどんなものかを知っていた◆少年は6歳の時から働いた。学校も行かずに来る日も来る日も、ごみ箱から古紙を集め、煉瓦を運び、コーラのビンや缶を拾い集めては、月に2~4ドルほどのお金を稼いだ。でも稼いだ金は一銭も使わずに、半分は父親、半分は貯金するため瓶にいれ、土の中に埋めた◆今年の5月、少年は十六歳の誕生日の二日前に死んでしまった。死因は栄養失調と肝臓病であった。少年の枕元には約9年間で貯めた「462ドル(現地通貨をドルに換算)」が入った瓶が置かれてあった。コロンビアはまだ、公務員の給料が数十ドルの途上国。
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2005.08.29

<気まぐれコラム>

            日々歳々(5)

戦後の貧しさから抜け出そうしていた頃、日本の家庭にもテレビが普及しだした。当時、NHKの料理番組が人気だった。主婦たちはテレビで料理が習えることに驚きつつも、「便利な世の中になった」と大喜びであった◆番組でいろんな料理が紹介された。今まで食べたことも、見たこともない料理が紹介される時、日本という国が豊かになっていくように感じられた。料理家もタレントのような人気であった。その中に「江上トミさん」という料理家がいた。彼女のことは今でも忘れない。あれはカレーの番組だった。番組のアシスタントが玉ねぎの分量を聞いた後、「先生、牛肉はどのぐらいでしょうか」と尋ねた。江上さんはしばらく間を置き、「家庭の事情で結構です」と言った◆当時はまだ、牛肉が買えない家庭も多かった。江上さんはそのような家庭を思いやって、「家庭の事情で結構です」と機転を働かせた。
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2005.08.27

<気まぐれコラム>

            日々歳々(4)

スーパーで玉ネギを十五個ほど買ってきた。これだけあると1ヶ月はもつ。家に帰って玉ネギを冷蔵庫の野菜ボックスに保管した。ところがあくる日、海外出張で二週間ほど留守にしなければならなくなった◆出張から帰った日、ラーメンを作って食べようと冷蔵庫を開ける。二つの玉ネギに新芽が出ていた。それも、光がないので真っ白な芽であった。冷蔵庫の中は低温、暗闇の世界だ。玉ネギのやつ、冷蔵庫のドアが開けられる際に点るわずかな光を頼りに生きてきた◆一週間後、また玉ネギを使うことになった。ところが、冷蔵庫に残ったのは芽が出ている玉ネギだけである。それも、買ってきた時は丸々太っていたのに今では、すっかり痩せ衰えている。その姿に、食べてしまうのが可哀相に思えた。結局、玉ネギ抜きの料理になってしまった。
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2005.08.18

<気まぐれコラム>

            日々歳々(3)

石器を使うサルが、東南アジアのニューギニア島で発見された。ここのサルたちは先の尖がった石で食物を砕いて食べるという。さらに、どこに行くにも自分専用の石を持ち歩くそうだ。条件反射による習性ではなく、“知能”による行動である◆ある日、サルの行動を観察していた生物学者は不思議な光景を目にした。子ザルたちが枯れ木を背負って遊んでいたのである。なぜ枯れ木を背負うのかわからなかったが、しばらくして、その謎が解けた◆母ザルは子ザルを片時も離さず、背中におぶって育てる。しかし、病気や事故で子ザルが死んでしまう場合がある。母ザルは子ザルが死んでも絶対に手放さず、そのまま背中に背負い続けるという。背中の子ザルはやがて、枯れ枝のようになる。
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2005.08.16

<気まぐれコラム>

             日々歳々(2)

終戦60周年を迎えた今日、数年前に某雑誌で読んだ記事を紹介したい。終戦を迎えた昭和二十年。平壌(現北朝鮮)に出兵していた峰谷弥三郎氏(当時二十七歳)は二歳年上の妻と一歳になった娘を残し、スパイ罪の容疑でソ連兵に連行された。彼は容疑を否定したがソ連の軍事法廷は一方的な判決を下し、十年間の強制収容所送りとした◆極寒の地シベリアで過酷な労働に駆り出された蜂谷氏は、悲惨な生活を送りながらもいつかは、妻や娘に会える日が来ると信じ、日本語を忘れまいと百人一首を口ずさみ、指で漢字をなぞったという◆10年後、蜂谷氏は囚人の身から解放された。しかし、当局の厳重な監視下に置かれて町から出ることも、家族との連絡、日本への帰国も禁じられた。蜂谷氏は生きるためにソ連の国籍を取得、貧しい生活に耐えた◆1991年、ソ連が崩壊した。峰谷氏は五十一年ぶりに祖国の地を踏むことになった。
 2005年8月16日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.08.11

<気まぐれコラム>

              日々歳々(1) 

週末、近くのスーパーに行った。カゴを手にとり店に入ると、通路の真ん中に山と盛られたリンゴやバナナが目に飛び込んで来た。それを見て、日本に住んでいるかぎり、食べ物には困らないと思いながら、ふと、ピュリッツアー賞候補にもなったジャック・ケリー氏のコラムを思い出した◆ケリー氏一行が飢饉の東アフリカを取材した時であった。ケリー氏がある村に入ると全員が死亡していた。死臭が肌にも、衣服にも染み付き、洗っても落ちない。少年と出会ったのはそんな時だった。少年の腹は栄養失調と寄生虫のために大きく膨れあがり、皮膚は老人のようであった◆ケリー氏に同行したカメラマンがグレープ・フルーツを取り出した。そして、それを少年に与えようとしたところ、少年はそれを持つ力もなかった。カメラマンはグレープを小さく切って少年に渡した。少年は礼を言うように彼を見つめ、村へと歩き始めた。ケリー氏も少年の後について歩いた。
 2005年8月11日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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