「NYから眺めたフジヤマ」byマイク・アキオステリス(日本通米国ジャーナリスト)(50)「政治家のテレビ出演」
日本中が「堀江メール」でざわついている。そしてその矛先は、民主党に向けられたようだ。思えばこれほどの“大逆転”もめずらしい。ライブドアが東京地検から家宅捜索を受けた時、武部幹事長・小泉政権は確実に、窮地に追い込まれると思ったものだが…、そこに民主党から「堀江メール・カード」である。小泉純一郎という人はつくづく、運の強い人、鮮やかな運である。堀江メールが「ガセネタ」となってしまったことで自民党は一転、責められる側から責める側に立つことになった。ホリエモンも今頃、拘置所の中で「政治家はなんとバカな奴らだ」と、大笑いしていることだろう。それにしても、「堀江貴文」という若者もたいしたものだ。ホリエモンが近鉄球団買収に名乗りを上げてからというもの、彼の言動は“社会現象化”し、今なお、日本国の主人公を演じている。今や日本中のマスコミが堀江メールに関して“必死”に取っ組んでいるからして、当コラムにて“似たような意見”を論じても白けるだけだ。それに、世の評論家センセイたちもこぞって、“我が論”を得意気に披露しているに至っては、堀江メールについてつべこべ言うこと自体、同じ穴の狢となってしまうので、視点を変えることにした。今回、堀江メール騒動に接して感じたことは、日本の政治家たちのレベルである。それは、堀江メールを見抜けなかったとか、裏づけを取らずに発表したということではなく(こんなことは政治家としての常識、基本中の基本であるからして指摘する気にもなれない)、それ以前の「レベル」である。2月28日の朝、民主党のセンセイ方十一人が「みのもんた」司会の「朝ズバ」なるワイドショーに出演し、なんともいえない“醜態”をさらしていた。新聞のテレビ欄には『民主党議員が大集合!』『永田氏は辞職すべきか!』『執行部の責任問題は…謝罪だけで十分なのか!』『党再生の行方を生激論!』と、語尾にやたらと「!!!!!」を付けては、ワイドショーらしい味付けを施していたのがなんとも、おかしかった。さらに、番組の内容はあまりにも、お粗末であった。これでは、そのへんに転がっているタレント兼コメンテーターに語らせた方がましである。いくら日本中が堀江メールで揺れているとはいえ、日本の二大政党を担っている民主党の、それも民主党の明日を背負って立つべき若手議員たちが雁首そろえて恥を披露している。なにより、この名司会者?は、彼らのレベルをしっかりと見抜いているらしく、自分がさも“国民を代表して”いるような面と口調でセンセイ方に質問をぶつけていた。そこには、「朝ズバ」なる番組を少しでも印象付けようとする意識、自分の存在を巧みにひらかさんとするパフォーマンスが渦巻いていた。そんな雰囲気の中、議員バッチを付けたセンセイ方が競いあうようにトンチンカンな言葉を発した。その光景はまさに、滑稽のなにものでもない。テレビでの発言は場慣れした経験がものをいう。ましてや、自分たちが思っている意見やメッセージを、パフォーマンスと機転を織り交ぜて喋りまくる「タヌキのような司会者」を相手に伝えることはほとんど、不可能に近い。ましてや、それを伝えられる実力など、ないに等しいセンセイ方である。日本の政治家たちはテレビに出演して“顔を売る”ことに必死である。その結果、バラエティー番組からクイズ番組、お笑い番組にまで担ぎ出されては、国会議員という“タレント”を演じている。TV局が政治家を担ぎ出すのは何も、日本の政情・将来を見据えてのことではない。ただ、こうした騒動がおきた場合、国会議員のセンセイ方は“当事者”となるからして、番組は盛り上がり、視聴率があがる思惑からである。いうなれば、政治家のセンセイ方は、マスコミに踊らされ、メディアに媚びているのである。国会議員のテレビ出演が増えていくほどに、日本の政治も益々「劇場型」となっていくようだ。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (1)