2012.07.27

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第43回(最終回)「フィナーレは水野久美」

 最終回である。100回くらいは続けたかったが、またどこかで再開するかもね、しばしお別れ。しかしまあ皮肉なことに最後なのにネタが山のように押し寄せてきちゃったよ。何十年ぶりかでデモは盛り上がるし(ジグザグデモは復活しないのか)、「『三里塚の夏』を観る」(DVD付き、太田出版)は刊行されるし、地井武男は急死するし(『非行少年・若者の砦』を公開してくれ!)、報道写真家の鏡・福島菊次郎のドキュメンタリー映画『福島菊次郎90歳 ニッポンの嘘』は公開されるし(8月4日~銀座シネパトス)、傑作テレビドラマ『大都会』が全編DVDレンタル可能になったし、初めて封切りで観た怪獣映画『キングコングVSゴジラ』から50周年の夏休み、とそれだけでも6回分はあるぞどーする? いやいや何にも増してフィナーレにふさわしいネタがあった!それは我が永遠のヒロイン・水野久美なのだ。『女優 水野久美』(樋口尚文著 洋泉社)刊行を記念して、水野久美映画祭(8月11日~24日 銀座シネパトス トークイベント&サイン会もあり)が行われる。今まで生きててよかった。わしが水野久美に恋心を抱いたのは、今から47年も前、12歳のときだった。その年の夏休みに公開された『フランケンシュタインVS地底怪獣バラゴン』のヒロイン、若手女科学者、顔立ちは派手めで、どちらかというとギャングの娼婦てな感じなのだが、怪獣映画に妙にフィットして、相手役のニック・アダムス(こちらも科学者)に色目を使っていそうで、巨大化するフランケンシュタインの怪物からも慕われているところがグッときた(バラゴンに食われそうになる寸前にフランケンに助けられるシーンが最高)。
 2012年7月27日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.06.27

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第42回「スカイツリー開業と錦糸町の立場」

 取材もかねて行ってきたんだ東京スカイツリー。ただしもちろん展望台には上ってない。もっぱらグルメ(B級)がらみで、ソラマメじゃなかったソラマチ行ったり、押上とか業平の商店街散策を何回か試み、食べまくったわけだよ。ただしこの連載は、どの店が美味かったの不味かったのをやるのではないから、スカイツリーの観光客引き寄せ戦略(というか魂胆)と昭和ノスタルジーとのからみで、言いたいことがあるってことさ。あのソラマチというのは、ありがちな観光客向けショッピングモールで、東京タワーやお台場(レトロ商店街なんかね)、江戸東京博物館、浅草仲見世あたりの要素はスパイス程度にして、船橋ららぽーとやイオンを混ぜこぜにしたようなボリュームで客を一気に吸収しているわけだよ。おかげで、がっくりきたのはまずは押上商店街でないのか。だってスカイツリーにもっとも近い駅は押上だっていうのに、さびれてこのままだと地方都市で見かけるシャッター通り化する運命だった。ところがスカイツリーのおかげで大勢の観光客がさぞや地元商店街でショッピングしていただける、と思いきや、実際ほとんど流れない、こんなはずじゃなかったってかオイ!
 2012年6月27日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ


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2012.06.06

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第41回「ダークシャドウと1972年」

 先日観た映画『ダークシャドウ』(監督ティム・バートン、主演ジョニー・デップ)は、ジョークとパロディ満載の怪奇ホラーものとしても楽しめたが、キモは、ヴァンパイアが200年を経て復活する時代を1972年に設定したことだね。当時の風俗、ファッション、ヒット曲などの空気感が、大時代的なゴシックホラー調と合わさってなんとも味わい深い。たとえば屋敷に住む15歳のロック好きとんがりネエチャンが、家庭教師の女を指して「カーペンターズが好きなんて(超ダサ)」とおちょくると、ジョニー・デップ扮する200年前のヴァンパイアが、「大工(カーペンター)が好きだって?」なんて勘違いのやりとりとか、ラブ&ピースのヒッピーたちとヴァンパイアの変なコミュニケーションとか、伝説のロック・ミュージシャンであるアリス・クーパーが本人そのまま登場で歌うとか、いろいろあるので、70年代フリークは見逃せない。その72年といえばもう40年前、連合赤軍事件と沖縄返還の年でおなじみだが、映画に関しては、なかなか面白い年だった。当時、高校3年から浪人(予備校は行かず)のこちとらは、シラけた気分を抱えながら、映画三昧の日々だった。映画日誌と星印の採点表をつけて自分だけのベスト10をつくったりしていた。安い名画座、三番館もたくさんあって、夏には「ぴあ」も創刊されたが、御茶ノ水や早稲田などの学生街を歩いていると、よく自主上映会のポスターが貼られていたりして、街頭が情報源だったわけだ。洋画では、『時計じかけのオレンジ』『わらの犬』『脱出』『ソルジャーボーイ』『ダーティハリー』『フレンチ・コネクション』『ゴッドファーザー』『死刑台のメロディ』なんてのがお気に入りの上位で、日本映画は『女囚701号さそり』『現代やくざ・人斬り与太』『狂犬三兄弟』『昭和おんな博徒』『日本暴力団・殺しの盃』『軍旗はためく下に』『白い指の戯れ』『追いつめる』『天使の恍惚』なんてのが上位と、なかなか充実のラインナップだ。
 2012年6月6日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.05.23

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第40回「昭和40年代にはすべてが詰まってた」

 こないだ買って読んだ『現在につづく昭和40年代激動文化(ラジカルチャー)』(伊達政保著 汎世書房)は、記憶が刺激される本だった。発売は1月だが、ずっと気になっていたのだ。著者の伊達政保氏は1969年中央大学入学、激動の時代を全共闘で走り、新宿区役所職員時代に配転に抗議して何と切腹!して懲戒免職、市民運動から河内音頭、ジャズまで文化方面も幅広く、あの時代から現在まで全身カウンターカルチャーを体現してきた先輩的存在だ。本書は、1997年から2011年までの時評・文化コラムを編んだものだが、60年代、70年代といった時代区分ではなく、昭和40年代という区分にこだわっているのが面白い。確かに、政治・社会運動からカルチャー全般、風俗・ファッション、メディアまで昭和40年代でくくるとあらゆるもののニューウェーブの推移が詰まっていて、ホンマに分かりやすい。しかしだ、たとえば昭和30年代だと『三丁目の夕日』のように昭和レトロで何かと語られるが、昭和40年代はどうしたこうしたはほとんど聞かない。「60年代カルチャー」とか、「1968年の革命」とか、「1972年が終わりの始まり」だとか、何かと意味付与されるのは西暦のくくりだ。こちとら昭和40年代は、小学5年から大学2年までまたがる、まさに物心ついて、上の世代の流行にあこがれながら、最後はシラケの時代でしめるという、ところか。そこでこの10年を特徴づける3つのキーワードで表してみようと考えたところ「エレキ、ホラー、暴力」の3つが浮かび上がってきた。
 2012年5月23日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.05.08

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第39回「夜行バス乗るなら夜汽車を復活しろ」

 例の大事故で、深夜高速格安バスが話題になっているわけだが、まあ規制緩和の悪夢、目を覚ますべきはドライバーだけじゃない、安いからって殺到している客だろう。それにしても最近じゃ、この手のバス旅がやたらと目立つ。その一方で、気がついたら廃れてしまったのが夜行列車だね。昔の歌謡曲の歌詞には、恋に破れた女が夜汽車に乗ってとか、かけおちしたカップルが夜汽車にとかいうシチュエーションが多かった。はしだのりひことクライマックスの「花嫁」(1971年)なんて「花嫁は夜汽車に乗って嫁いでゆくの~」だもんね。今だったら「花嫁は終夜高速バスに乗って嫁いで~」なんてことになるのか?しかし、よくよく考えてみたら、何で嫁ぐのにわざわざ夜汽車に乗るのか? 夜逃げでかけおちか、貧乏なのか、どうでもいいんだけど、夜汽車にはバスにはない風情がある。ところで、わしは中学、高校とも修学旅行の帰りは夜汽車だったのだ。中学が1968年、行き先は京都、奈良の定番コース。行きは品川駅始発の修学旅行専用電車(確か「日の出号」だったか)で、京都まで途中停車もないのに6~7時間もかかったのだ。これが帰りは、夜遅くに京都を立って、早朝に東京に着くんだが、座席が普通車の固いタイプだからくたびれるんだ。格安高速バスの座席が天国だっていうくらいさ。高校(1970年、2年生)では、さすがに行きは新幹線だったが、帰りはまたも夜汽車だもん。貧しいというか、長閑な時代だったわけだよ。
 2012年5月8日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.04.17

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第38回「総会屋媒体が健在だった30年前」

 2012年は〇〇の30年。さて何でしょう。30年前は1982年、この年に何があったかというと、ライターや編集界隈にはピンとくるかも知れない、そうです、総会屋追放の商法改正のあった年。そこで消えていったのが、いわゆる総会屋系の雑誌や新聞、特に『現代の眼』とか『流動』『新評』『日本読書新聞』なんてあたりは、新左翼系の文化人、評論家、活動家、ルポライターが活躍する媒体として賑わっていたのだ。面白いのは、革命や反権力を論じる文章の横に、三菱重工や住友生命、三井物産などの広告が載っているんだもん。まあ、おかげでその手の書き手(かつては「売文業者」とか「えんぴつ無頼」なんて言い方もあった)が食えたわけだし、基本的には何を書いてもよかったんだから、アバウトな良い時代だったと言えるかも知れない。もう一つ、思い出すのは新卒で就職を探していた頃、上に挙げたようなメジャーな雑誌以外でも、総会屋系の求人がそれなりにあってわしも何社が受けたんだ。あの頃(70年代後半)は、今みたいに3年生から就活なんてこともなく、卒業寸前までろくに会社訪問もせず(しかも留年してた)、もう就職といったら、新聞の求人広告頼りだった。まあ、普通の営業・セールスはやりたくないっていうと、業界紙記者やPR誌編集、下請けプロダクション(出版、テレビ制作、CM制作)、広告代理店の営業、なんてのを探すことになる。それこそビルのワンフロアどころか、マンションのワンルームみたいな規模のところが多かったが、倍率は結構高くて(1人募集に100人応募とかね)、しょっちゅう落とされた。そんな求人広告のなかで時々、「記者募集 新卒・未経験可 日刊紙 国際政治・経済・社会・文化 〇〇〇」なんてのがあったのだ。会社名は聞いたこともないのに、国際政治も扱う日刊紙ってのは何じゃらほいと、早速電話して面接に出向くと、新聞社にしてはやけに狭い。
 2012年4月17日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.04.05

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第37回「酒も飲まずに炭酸飲料なんて耐えられん」

 今回は、ちょいと趣向を変えて炭酸飲料のお話。どこかの記事に、25歳から34歳の男のほとんどは、家に帰って酒を飲まないというのがあってびっくり。職場も忙しくて帰りに一杯なんてほとんどない。大勢での宴会は盛り上がるか、普通に大衆酒場でぼやいたり愚痴をこぼすなんてのオヤジが中心らしい。その代わり炭酸飲料はよく飲むんだと。わしは、炭酸飲料なんて飲むひまがあったらビールを飲むな。特にこれからの季節は昼のビールが美味い(仕事にならんぞ!)。せめて家に帰ってくつろいでいるときくらいビールを飲まんかい! こないだも広告を見てたらフランスから「オランジーナ」(オレンジ果汁入りの炭酸飲料。発売サントリー)ってのがデビューするっていうから、ますます炭酸飲料は勢いづきそうだ。そんなに炭酸飲料を飲みたかったらサイダーやラムネを飲め。これこそ輝ける昭和炭酸飲料のエースだろうよ。しかし悲しいことに、両者ともコカ・コーラ、ペプシ・コーラ、スプライト、ファンタ、ジンジャー・エール(カナダドライ)、カルピスソーダなどなどの新興勢力に押されて、特に昭和40年代には、少数派炭酸飲料へと転落した。それでもラムネは、あの独特なビンとビー玉プッシュのスタイルで重要文化財のような扱いを受けレトロブームにものって人気は続いた。ところが、いつの頃からかペットボトルのラムネが登場。
 2012年4月5日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.03.14

『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第36回「1966年と加山雄三ブレイクとは」

 3月11日は郡山の野球場で、加藤登紀子の歌を生で聴いた。加藤登紀子といえば最初の記憶は、今から46年も前、1966年のレコード大賞新人賞を「赤い風船」という、今はほとんどの人が知らない歌で受賞したこと。ニュースだったのは「現役東大生」だったことだね。レコ大新人賞といったら芸能界のアイドルだかんね、それが東大生ってのは前代未聞だったと思う。ちなみに、もう一人新人賞をとったのが、何と荒木一郎(「空に星があるように」)で、二人とも後々は芸能アイドルの枠を飛び越えちゃったもんね。そこでこの1966年という年をあらためて振り返ってみると、いろんな意味で凄いというか大変な年であったことが分かる。ビートルズ来日、エレキブーム、グループサウンズ、早大闘争(全共闘の先駆け?)、相次ぐ飛行機事故、「ウルトラQ」と「ウルトラマン」、怪獣ブーム(大映では、この年だけで『大魔神』が3本も)、そんな中で、今でも現役でやたらと元気な加山雄三が大活躍の年でもあった。加山雄三といえば、まずは映画の「若大将シリーズ」である。66年当時、小学6年から中学1年にかけてのわしの同世代(特に男子は)は、東宝怪獣映画の2本立て作品で「若大将」に出会う。たとえば、65年夏の『フランケンシュタインVS地底怪獣バラゴン』の併映が『海の若大将』、66年お正月の『怪獣大戦争』の併映が『エレキの若大将』なのであった。特に『エレキ~』は後々語り継がれる映画だが、加山雄三がエレキで歌いまくり大ヒットした『君といつまでも』も、ヒロインの星由里子相手に「幸せだなあ」という名シーンが忘れられない。ともかく、映画に歌に、加山雄三は1966年を代表するトップスターだったことは間違いない。しかしである。
 2012年3月14日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.02.24

<新連載>『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』(第35回)「『運命の人』はどうなの」

 話題のドラマ『運命の人』(TBS 日曜午後9時)を毎週観ている。今年で沖縄返還40年、その沖縄返還協定調印(71年)当時、毎日新聞記者の西山太吉氏が、外務省女性職員から極秘文書を手に入れたことで日米密約の存在をスクープした。ところが、「情を通じて」の機密漏洩ってな展開で犯罪者扱い。「知る権利」をめぐる闘いが、男女のスキャンダルに矮小化されて、という一連のニュース、裁判は今でも覚えている。テレビ化の原作は、あの山崎豊子(もう88歳!)。山崎といえば、『白い巨塔』『華麗なる一族』『不毛地帯』など、社会派エンターテイナーでヒット連発数十年という妖怪みたいな人だが、この『運命の人』でも、その作風はよくも悪くも一貫している。まあ突っ込みどころは満載だが、あれだけの政治的事件が40年を経て、ポリティカル・サスペンスを東芝日曜劇場でやるようになったか、と感無量。しかしいつも思うが、日本映画でもテレビでも、新聞記者というのは、どうしてこうも絵に描いたようなステロタイプになってしまうの。 『運命の人』で、西山記者(一応、架空のドラマなので、劇中では毎朝新聞記者・弓成亮太)に扮した本木雅弘が、もうガチンガチンの正義漢のキャラクターなのだ。一方、政治家の間をたくみに泳ぐしたたかなライバル(当時、読売の政治部・ナベツネそのものだと、本人も怒ってるらしい)は、これまた絵に描いたようなタイプ。おまけに、週刊誌記者がまた、いかにもそれ風(昔のトップ屋?)で、昔も今も山崎豊子ドラマのキャラクターときたら、政治家から愛人まで、ステロタイプの王道ばかりなのだ。
 2012年2月24日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2012.02.08

<新連載>『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』(第34回)「1968年映画祭での意外な収穫」

 先日「1968年映画祭」とかいうのをやっていて、よくある定番のノスタルジーものかと思ったら、企画したのが日大芸術学部の現役の女子学生たちなんだって。全共闘なんて昔話でも知らないような学生が、どんな風にやってるのか面白そうなので、行ってみました。その日は、『死者よ来たりて我が退路を断て』という、知られざるドキュメンタリー。何と、68年暮れから69年1月の日大芸闘委(日大全共闘芸術学部闘争委員会)の面々を撮った記録映画。この映画祭でも上映された、『日大闘争』(全共闘・映画班製作)や、京大を舞台の『パルチザン前史』(土本典昭監督)などは、何度も観たけど、これは初めて。あの芸闘委の闘いのドキュメントを、43年後の現役学生はどんな風に観るのだろうか。会場は、若い人は少なく、昔の闘士らしき初老のおっさんが大勢いて、この雰囲気、旧作の日本映画を上映する映画館(文芸坐、神保町シアター、阿佐ヶ谷ラピュタとかね)の客層に重なるとこ多し。今どきの学生は就活に追われて、68年どころじゃないってか。面白かったのは、よくある闘争記録映画というよりは、バリケードの中の日常を主軸に撮っていることだ。集会のアジテーションではなく、とりとめもない軟派な会話や、くだらないジョーク、即席ラーメンをすすったり、正月だからってモチつきをしたり、普通のにいちゃん、ねえちゃんたちが、それこそ機動隊や右翼体育会との激突の修羅場を通して「闘士」になった感じがよく分かる。さらに、芸術学部のある江古田の町でデモをするシーンなど、狭い商店街なのに、なんか買い物客やお店の人々が近くにいて、日常生活と地続きなところがなんだか面白い。
 2012年2月8日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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