2010.03.09

<心声天語>(173)「夕焼け小焼けの赤とんぼ」

高校で音楽を教えている知り合いの先生が、「生徒が『先生の好きな歌は何ですか』と聞いたので『赤とんぼ』と答えたところ、“そんな古い歌は知りません”と言い、びっくりしました」と言っていた。日本を代表する童謡を知らないとは…日本の教育もいよいよ、末期的状況に来ているようだ◆「赤とんぼ」は筆者も大好きだ。とくに好きな歌詞は、「♪十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き お里のたよりも、絶えはてた」という部分だ。昔の日本では、「女中」と呼ばれていた女性たちがいた。殆んど小学校や中学校を卒業したばかりの彼女たちは、雇われた家で子守りや家事をしていたが、彼女たちのことを「姐」と呼んでいた◆「赤とんぼ」の一番目の歌詞「♪おわれて見たのは いつの日か」というのは「追われる」ということではなく、姐に“背負われて”という意味である。作詞家の三木露風さんが「姐」に背負われていた頃の「懐かしい思い出」であろう。それにしても、十五才で嫁ぐということは、十才~十二才頃から働き出たことになる。可哀想に…◆日本にも貧しい時代があった。そんな時代、貧しい家庭の少女たちは、姐として他人の家で一生懸命に働いたものだ。幼い時から生きていく苦労を背負って育った少女たち…今のように「生活保護」も「給付金」もなかった時代である◆日本も豊かになった。国から「子ども手当」や「子育て支援金」まで出る。あの、赤とんぼに出てくる少女たちが嘘のようだ。しかし、社会が豊かになっていく反面、日本人の心は貧しくなっている。高校の授業料を無料にするより、「赤とんぼ」に込められた日本人の心を教える方がもっと、大切な気がしてならない。(和光)
2010年3月8日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2010.01.12

<心声天語>(172) 「成人式」での新成人たち

1月10日、佐世保市で開かれた成人式の壇上で酒に酔った新成人が市長を殴ろうとするなど、大騒ぎとなった。毎年繰り返される成人式の騒ぎには、うんざりする。会場に酒を持ち込んでラッパ飲みし、爆竹やクラッカーを鳴らして祝辞を妨害するなど、やりたい放題である◆人生には“大切な区切り”がある。その中でも、成人となる20歳の区切りは、その後の人生を大きく左右する。しかし、だからといって毎年、全国一斉に成人式を行うこともなかろうに…ましては、内容は毎年、“ありきたりの祝辞”である。外国では、成人年齢に達した事を全国一斉に祭典として行う国は、ほとんどない◆数年前、静岡市の小嶋市長が『常識もしらない新成人に税金を投入し続けるより、式そのものを打ち切りにすべきだ』と発言した。すると、呉服業界から「業界の衰退にかかわる」との抗議が相次いだ。なるほど、着物、羽織はかまを着る成人式は、業者にとって“ドル箱の行事”である◆今年の新成人は、1989年4月2日から1990年4月1日までに生まれた。彼らは厳しい時代に育った世代でもある。彼らが生まれた年にバブルが崩壊し、株価と地価が大暴落、小学2年の時には山一証券が倒産、そして今、日本の翼だった日本航空が倒産に直面している◆読売新聞が昨年、成人式に出席した若者に尋ねた。「日本の未来について」という質問に、「はあ?自分の未来さえ分からないのに」と苦笑した。また「自分の未来を何歳まで予想できるか」との質問には、最も多かった回答が「30歳」であった。人生の目標・希望を見失った若者たちは、成人式の場にて思い切り、わけのわからない自己主張をしているのだろう。(和光)
2010年1月12日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2010.01.07

<心声天語>(171)今年の干支「虎」と「アジアの時代」

新年になった。今年の干支は「虎」だ。虎はアジアを象徴する動物だ。虎はインドシナ半島からシベリア、朝鮮半島と、アジア全域に生息していた。虎は強い者、豪傑の代名詞として使われ、中国の『三国志演義』では劉備に仕えた五人の武将を「五虎大将軍」と呼んでいた◆虎の諺・格言が多くある。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」「虎視眈々(こしたんたん)」「虎の威を借る狐」…百獣の王と言われるライオンは西洋的なイメージだが、そのライオンには虎のような言葉はない◆21世紀に入った10年前、『21世紀はアジアの時代』といわれた。しかし、当時はまだまだ「欧米」が世界を左右していた。ところが、アジアは21世紀の最初の10年に躍動的な変化を遂げた。中国がG2に浮上、インドがその後を追い、ベトナムが改革の結果を見せている。ASEANが外交のスーパーパワーになるのも時間の問題だ◆日本はアジアに属している。しかし、日本は欧米型社会に近く、アジアの人々から「日本はアジアの友人ではなく欧米の友人」といわれてきた。無理もない。日本はその間、欧米文化に憧れ、欧米社会を真似、“横文字がかっこいい”と思ってきた。これではアジアと真の友情は、築けない◆「虎」年の今年から本格的なアジアの時代が始まる。世界人口12%の西洋が55%のアジアの運命を左右する時代が幕を下ろし、紙と火薬とアラビア数字を発見した素晴らしい文明・文化のアジアが冬眠から目覚める。アジアの風…虎の言葉の中に「雲は竜に従い風は虎に従う」というのがある。ところが、アジアで唯一、虎が生息しなかった日本は、アジアの時代とどう向かい合うのだろう。(和光)
 2010年1月7日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.12.23

<心声天語>(170)オウム真理教幹部の死刑

1995年、世界一の都市で起きた「地下鉄サリン事件」は、日本だけでなく、世界に衝撃を与えた。この大それた事件を仕組んだ「オウム真理教」は、宗教法人として認可されて以降、各地に支部や道場を設置、ロシア等海外にも支部を設置、1989年当時には約1万人の信者がいた◆1984年、麻原彰晃なる男がヨーガ道場「オウムの会」を始めた。その後、1987年に宗教団体「オウム真理教」を設立。この頃、オカルト系雑誌などがオウムの会を「ヨガ団体」として紹介していた。この時に掲載された写真が、麻原が座禅を組んで跳躍する、オウムが言う所の「ダルドリー・シッディ(空中浮揚)」である◆多くの若者がオウム真理教に入った。弁護士・医者・教授など、エリートたちも少なくなかった。その中に、後に麻原の寵愛を受ける「井上嘉浩」がいた。信心深い井上は、修行の天才として、信者獲得や布施集めを精力的に行った。当時の井上にとって麻原は、“神”であった◆10日、井上の上告審が最高裁で開かれ、一審の無期懲役が棄却、「死刑」が確定した。一審で無期を告げられた時には声を上げて泣いたが、今回は無言であった。7月、井上が関係者に送った手紙には、「夢の中で教団から追いかけられ、悪夢にさいなまれている」と記されてあった◆自分が信じた“神”が“悪魔の化身”と知った時の、天が崩れるような衝撃は、死よりも大きなものであったはずだ。でも、悪魔の手先として犯してきた罪は、死をもってしても償いきれないものである。たとえそれが「信じたがゆえの罪」であっても…。井上だけではない。人間は、自分の知らないうちに罪を犯し続ける、ものなのである。(和光)
2009年12月22日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.12.15

<心声天語>(169)日本の「北朝鮮外交」

内閣府の外交世論調査によると、韓国に「親しみを感じる」と答えた人は63・1%、日韓関係を「良好」と思う人が66・5%であった。韓国の好感度が上がる中、同じ民族である北朝鮮は孤立を深めている。とくに、拉致問題で対立している日本との関係は、最悪の状況だ◆来年に日本で開催される東アジア女子サッカー選手権で、北朝鮮チームが来日する予定であった。ところが、中井洽拉致担当相は、北朝鮮チームの入国に反対を表明した。理由は「制裁のため」だそうである。中井担当相の見解に、日本の外交は幼稚すぎる、と感じずにいられなかった◆1971年、米中の歴史的「ピンポン外交」が展開された。当時、中国と米は対立関係にあったが、それでも中国は〝千載一遇のチャンス“ととらえ、米卓球チームを中国に招聘し、世界を驚かせた。ピンポン外交のあと、キッシンジャー、ニクソン訪中を経て米中の国交が樹立、中国は国際的孤立から脱出した◆第二次大戦後、フランスとドイツの間には、なおも根深い不信が横たわっていた。しかし、両国は文化・スポーツ交流を介して、国民感情を徐々に和らげていった。両国は今、手を取り合って欧州連合を支え合っている。文化やスポーツは、国際舞台で唯一、垣根なき交流をはかれる外交手段、なのである◆拉致問題に進展がみられない中、北朝鮮に制裁をかけようとする心情も、わからないではない。しかし、国際試合に参加する選手団の入国を認めないというのは、了見が狭すぎる。高度な外交とは、強固な姿勢で向かいあう一方、ときには水面下で、突破口になりうる「糸口」を見つけ、それを外
交手段にかえていく巧みさ、なのである。(和光)
2009年12月15日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.12.11

<心声天語>(168)日本の名誉番組「紅白歌合戦」

年末になると必ず、「紅白歌合戦」の話題がマスコミを賑わす。それも、誰が出場する、しないのと、どうでもいいようなことで大騒ぎだ。しかし、紅白を観ないと年を越せないという人も、結構多い。たしかに、娯楽が少なかった時代、大晦日には家族みんなで紅白を観る…日本人の師走風景でもあった◆終戦の1945 年、ラジオで『紅白音楽試合』という番組が放送された。当初は「紅白歌合戦」だったが、GHQが「合戦」という語に難色を示し、「試合」となった。紅白のテレビ放送は、1953年からである。それにしても、「紅白音楽試合」とは…NHKらしいセンスだ◆敗戦国に明るさをともした「リンゴの歌」。高度成長期には、井沢八郎が「♪上野は おいらの 心の駅だ~」と、集団就職の若者たちの心情を歌った。また、三波春夫によって「東京オリンピック」「大阪万博」のテーマ曲が紅白で披露された。紅白は、その年々の、社会情景を見事に映し出しても、いた◆紅白出場は、歌手にとって「運命の舞台」だ。紅白に出ると “NHKお墨付き”となり、地方公演のギャラが5倍、10倍と跳ね上がる。反対に、NHKに睨まれたら紅白に出られない。1973年、美空ひばりの弟が暴力事件で逮捕されたことで、彼女は紅白に出られなかった。国民的大歌手でも容赦しない…偉大なNHKだったのである◆今年で「60回」を迎える紅白、出場者の顔ぶれもすっかり、変わった。お笑い芸人や韓国の歌手など、昔だったらあり得ないことだ。しかし、進行や演出は、あいかわらず同じパターン…“HNKらしさ”を貫いている。いくら時代が変わっても、紅白だけは“そんなの関係ない”とばかり、園児のように『紅組が勝つか白組が勝つか』とはしゃいでいる。おめでたい放送局だ。(和光)
2009年12月11日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.12.04

<心声天語>(167)「携帯電話中毒」

一時、電車内で“漫画”を読む人が多かったが最近は、携帯電話を見る人が多くなってきた。メールの確認、ゲーム、占いなど、さまざまだ。車内だけではない。交差点で信号待ちしている時も、歩きながらも、使っている。まるで携帯電話中毒にかかっているようである◆今年の三月、NTTは小学生の携帯電話利用調査を行った。それによると、小学生の43・3%が自分の携帯を持っていると答えた。さらに、小学6年生では51・22%、中高生では91・4%だ。子どもから大人まで、携帯は今や、現代人にとってなくてはならない生活ツールになっている◆技術の進歩は、すごいものだ。掌に入るほどの小さな通信機器が“魔法” のような機能を発揮する。世界中に電話をかけられるのはもちろんのこと、メール、カメラ、映像の送信、通販…なにより、必要な情報を瞬時に入手できる。便利な道具だ◆携帯の登場で、斜陽化の道を辿っているものは少なくない。その代表的なものが、公衆電話だ。また犯罪にも多く使われる。「振り込め詐欺」は携帯がなかったら成り立たない。不倫・浮気相手との“連絡用”としても威力を発揮する。実際、離婚のきっかけが「夫の、妻の携帯をみた」ことで始まるケースが増えている◆携帯がなかった時代、遠くにいる家族や友人たちを懐かしみ、「今頃どうしているのかな」と思い浮かべた。今では携帯ですぐに、連絡を取り合える。しかし、携帯に溺れている現代人には、愛する人を思い浮かべる「情」がどんなに素晴らしいものか、わからないだろう。人間は、便利さを追い求めるあまり、それによって失われ、忘れ去られる「尊きもの」に気付かないのである。(和光)
2009年12月3日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.12.02

<心声天語>(166)「上海ディズニーランド」

2014 年、上海にアジアで3番目(東京・香港に次いで)のディズニーランドがオープンする。資本主義の象徴ともいえる「ミッキーマウス」が「孔子の国」に乗り込む、一昔前までは考えられなかったことだ。中国は、「文化大革命」で資本主義文化を痛烈に批判した国である。その中国がミッキーを受け入れる…変われば変わるものだ◆上海のディズニーランドに対し、「中国文化の衰退につながる」と批判の声が上がっている。またネット上では、「米の文化侵略」と民族感情をあおる過激な言論が飛び交っている。米大好き人間が押し寄せる東京ディズニーとは、大違いだ◆「ミッキーマウス」は世界一有名なネズミだ。しかし、ただのネズミではない。レーガン前大統領から「勲章」まで授与されるほどの、偉大なネズミだ。日陰で生きるネズミを大スターに仕立て上げるあたり、さすが「アメリカン・ドリームの国」である◆ミッキーに中国文化を衰退させられるというなら、中国は「孫悟空」を登場させ、孫悟空のテーマパークでもつくったらどうだろう。すくなくとも、ネズミより猿の方が“まし”である。孫悟空は三蔵法師と出会い天竺への旅をお供するが、ミッキーは金持ちの子どもたちを喜ばせようと必死になっている◆ネズミという言葉は、人が寝静まった夜陰に乗じて食物を盗むという意の“寝盗み”からきている。ネズミ(鼠)という語そのものが、スパイなどを指す隠語でもある。もしや、ミッキーの本当の任務は、米国のスパイとして、世界中の子どもたちを「米大好き人間」に変えることかもしれない。アメリカという国ならそれぐらいのことは、やりかねないだろう。(和光)
2009年12月1日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.11.26

<心声天語>(165)「奇跡のリンゴ」

木村秋則さんの「奇跡のリンゴ」が話題になっている。木村さんがりんごの自然栽培に取り組んだのは、20数年前である。たまたま入った本屋に「自然農法論」があり、それを手にして、無肥料・無農薬で米が作れることに強い刺激を受け、りんごでも出来ないだろうかと思ったのがきっかけだ◆木村さんは長い間、挫折と苦悩の連続であった。大量の害虫が発生し、酢、ワサビ、みそなど、あらゆるものを農薬代わりに試した。家族も朝から晩まで害虫退治にかりだされた。生活も困窮を極め、一個の消しゴムを三つに切って子どもたちに使わせた◆85年、耐えかねた木村さんは首をつろうと山に登った。山には木の葉が生い茂っていた。木の周りの雑草をみて、ヒントは土にあると思った木村さんは、土を掘り返した。土が温かい。土の中で繁殖した微生物が落ち葉や草を分解し、栄養分を作り出していた◆再び挑んだ木村さんは、それまで刈り取っていた雑草を放置した。すると、リンゴの木はみるみるうちに元気になった。8年目の1986年、400本の木からわずか2個だけ、ピンポン玉ほどの実がなった。そしてその翌年には、畑一面にりんごの花が咲き乱れた。涙が止まらなかったという◆木村さんのリンゴは今、あらかじめ注文しないと買えないほどの人気である。数年前、NHKが「木村さんのりんごのスープ」を出すレストランを取材した。レストランで2年間保存していた二切れのリンゴは、腐っても変色してもいなかった◆木村さんは、首をつろうとした“その山”で「奇跡のリンゴ」のヒントを得た。世の先駆者たちがそうであったように、“奇跡”と思えるほどの運命は、「もう限界だ」と思えるほどの、ぎりぎりのところまでいかないとおこらないのである。(和光)
2009年11月26日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2009.11.25

<心声天語>(164)ペットの運命

岡山理科大専門学校は、来年から温泉で犬の湯治効果を調べるそうだ。湯船の広さ、温度などの条件を変え、入浴中の脈拍、心電図などで体調の変化をみる。犬の湯治とは驚きだ。同校の動物学科部長は「皮膚炎や関節炎などの病気にかかるペットが増えている。人間と同じ効能を期待したい」と語った◆ペット・ブームに観られる最近の“過保護的な愛情”には、行き過ぎと思えるものが少なくない。ペットに服、ペットのビタミン剤、ペットの生命保険、TVではペットの餌…失礼、“餌”ではなく「ペット様が召し上げる食」のCMが流れている◆犬といえば「徳川綱吉」が有名だ。綱吉は、「生類憐みの令」を出し、犬を殺しては駄目、見世物にしては駄目、犬の事を「お犬様」と呼ぶようにと、農民より犬の方が上であった。外国にはもっとすごい愛犬家がいる、膨大な遺産を猫に相続させた飼い主、死んだ愛犬のクーロン犬を誕生させた飼い主もいる◆テレビで観たが“毎日風呂”に入れられる犬がいた。毎日の風呂は人間の目線、やりすぎである。人間と習性が異なる犬や猫を人間の視点で飼っては、いけない。ある動物学者は「ペットに注がれる愛情の多くは、飼い主のエゴ、自己満足」だそうだ。喋れないペットは、その実、飼い主の“わけのわからない愛情”に辟易しているかもしれない◆贅沢に育てられるペットがいる反面、哀れなペットもいる。日本全国の保健所で年間、犬約30万匹、猫約35万匹がガス室で殺される。中には産まれて間もない子犬や、飼い主に捨てられたペットなど、さまざまな運命のペットたちがいる。犬のレストランで食事する犬、ガス室に送られる犬、ペットたちの運命も飼い主との“出会い”で決まるようだ。(和光)
2009年11月24日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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