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2017.01.07

<連載>安倍晋三首相自宅放火事件の闇(第2回)

 この連載第1回目では、判決文などを元に事件の概要を述べた。
 第2回目では、当時、地元紙記者だったA氏の証言を紹介する。
 A氏は、安倍晋三首相の地元・下関市の事務所や自宅に火炎瓶が投げ込まれる事件が発生するなか、これは安倍事務所と犯人との間に何かトラブルが起こり、火炎瓶で脅すことで、そのトラブル解決を促しているのではないかと思い、いち早く犯人は小山佐市と聞きつけ、小山当人に会った人物。しかも、小山本人への取材のなかで、下関市長選での反安倍派有力立候補者に対する選挙妨害と引き替えに、小山に何らかの仕事を回すとの「念書」を安倍事務所側が出していたこと、小山は安倍首相本人とも会っていた、さらに脅しは火炎瓶だけでなくカチコミ(発砲)もあったなどと打ち明けられたという。
 現在は記者を辞め、九州で別の仕事に従事している。
 その所在地を何とか割り出し、同地を訪ね、7~8年ぶりに会い、改めて聞いたA氏の証言は、当時、安倍事務所の闇に最も迫っていた敏腕記者のそれだけに重みがあるし、衝撃の内容を含んでいた。

ーー小山に取材したのはどこですか。自宅(=横写真)?
「そう。(下関市)三河町の」
ーーもう、いまは売却されている高台の。
「そうです」
ーーそれは(安倍事務所の佐伯伸之秘書に対する300万円の)恐喝事件(99年8月30日に逮捕。小山が安倍事務所に頼まれて選挙妨害した謝礼の件と取り調べ刑事にいうと、数時間で保釈になったとされる)で出所というのを知って?
「いや、知らないで」
ーー予備知識全然なしで行って、ピンポンしたら奥さんが出て来た?
「自分が行くようになったのは安倍事務所に火炎瓶投げたりして、シーモールの壁とか、(小山が)パクられて、それで竹田さん(竹田力秘書。山口県警OB。当時の安倍事務所の責任者)とこいって、何でやられよんですかといってもシラを切る。
 だけと山岡さんも知っての通り、どう見ても鉄砲の痕(横写真)。それで安倍事務所の周りに聞き込みしたら“パン、パン!!”と乾いた音がしたと。で、これは絶対嘘ついとると。で、パンパンと音が鳴るとか暴力団の抗争じゃないですかと(笑)。それで暴力団の抗争みたいに、安倍事務所立ち退き運動起きて来るんじゃないかと、まあ子どもじみてるけどそういう乗りで聞いたんです。安倍事務所はそれに触れられたくなかった。街中で、火炎瓶までは見られたけど、発砲事件を起こすような事務所があると皆に言われるのが嫌で嘘をついたのではないかと。皆、そういってるよと言った。(発砲で開いたと思われる安倍事務所の)穴も見て下さいと。これ、火炎瓶や大きなものの穴じゃないじゃないですかと」
ーー竹田は何というんですか?
「もう、しどろもどろ。だけど、(発砲は)違うと」
ーーだけど、彼は穴を見ているでしょう。
「むろん、黄色いテープ張ってますから。だめど認めないから、これはもう撃った本人に聞かないとと」
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2017.01.06

<記事紹介>「大阪府警のマル暴刑事『ヤクザに馬乗りタコ殴り』現場」(『フライデー』1月20日号)

 1月5日に発売になった『フライデー』が、昨年12月16日の神戸山口組「山健組」事務所ガサ入れ時に、大阪府警捜査員がガラスをたたき割り、組員に暴行を働いた件を取り上げている。
 本紙では、いくら何でもやり過ぎと、昨年12月21日にいち早く、現場映像を入手し取り上げた件だ。*映像はここをクリックのこと→https://youtu.be/bkaFw28xgAk
 ちなみに、新聞、TVなどの警察の記者クラブ加盟大手マスコミは黙殺している。
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2017.01.05

浮上ーー「宮越ホールディングス」社長豪邸の競売逃れ疑惑

「宮越ホールディングス」(6620。東京都大田区)という東証1部上場会社がある。
 中堅の音響機器メーカーだった「クラウン」が発祥で、元代表取締役の佐久間繁晴氏が設立。同社は60年に株式公開する。
 しかし、経営不振から大手スーパーだったダイエー傘下に。だが、ダイエーは再建できず持ち株を手放す。その株を買い取ったのが、現・宮越ホールディングス会長兼社長の宮越邦正氏(74)。83年7月のことだ。
 以来、金融業などを行っていた「クラウンユーナイテッド」(現在宮越HDの株式約23%保有)の代表取締役である宮越氏が実質、経営権を掌握。
 11年11月には単独株式移転により、持ち株会社である宮越HDが東証1部に上場。クラウンは連結子会社になっている。
 もっとも、いまや同社の業績は見る影もない。
 クラウンが上場していた91年度、同社は年商約958億円、経常利益57億円だった。だが、現在、家電の販売から撤退しており、唯一の事業はかつて家電工場があった中国の跡地などの不動産賃貸収入といってよく、16年3月の売上高は13億6500万円、経常利益3億8200万円に過ぎない。
 また、宮越HD本社はかつて実質、自社ビルだった(前出・クラウンユーナイテッドが所有していた)が、税金滞納などの挙げ句、99年に「大京」所有となり、以来、賃借しているかっこうだ。
 同じく宮越一族が社長の別会社が所有、宮越邦彦氏の自宅とされる大田区山王4丁目の豪邸の方も、本社ビル売却とほぼ同時期、こちらは競売により第三者の所有になっている。
 ところが、ここに来て、こちらは実はダミー会社を使って実質、買い戻していた疑惑が出て来ているのだ。
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<連載>安倍晋三自宅放火事件の闇(第1回)

 本紙・山岡は2014年8月、ジャーナリスト仲間の寺澤有氏と、安倍晋三首相の地元である山口県下関市の現地取材を行った。
 安倍首相の下関市の自宅放火事件の全貌を解き明かすためだ。
 この事件は00年6月から8月にかけて発生。
 下関市の自宅だけでなく、同市内の安倍氏の後援会事務所、誤って近隣の結婚式場まで標的になり、計5回、火炎瓶が投げ込まれ、特に自宅車庫に投げ込まれた分は完全に発火し、乗用車3台が全半焼しており、一歩間違えば人命も危なかったという犯行だった。
 03年11月になって、福岡県警と山口県警が「恵友開発」という地元土木会社社長だった小山佐市と、特定危険指定暴力団「工藤会」(北九州市)の高野基組長ら6人を非現住建物等放火未遂未遂容疑で逮捕。小山は07年3月に懲役13年、高野組長は同20年の一審判決が下り、その後、共に控訴したものの棄却により、1審通りの判決でいまも服役していると思われる。
 ところが、小山に関しては14年8月、すでに仮釈放(一審判決時、930日の未決勾留日数が刑に算入)で出ている、しかも住んでいるとされる場所に関する情報も漏れ伝わって来たことから現地に。だが、小山に会うことはかなわなかったどころか、そもそも保釈になってなかった模様だ。
 しかしながら、後述するが、それなりの収穫もあったことから、帰京後、週刊誌に売り込んだものの、“決定打”がないと判断され採用されず。その後も、より裏づけを取るべく動いていたものの成果のないまま、すでにそれから2年半近く……。
 この間、安倍政権は独裁ぶりをより露骨にし、自民党総裁任期を3期9年まで延長し、すでに5年目を迎えているがさらなる長期政権を敷こうとしている。
 というわけで、十分とは必ずしもいえないものの、現状、知り得るこの事件の闇の部分をレポートすることとした。
 というのも、この事件、当時、完全にめくれていれば、安倍首相誕生はなかったかも知れないほどの質を秘めたネタだからだ。
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2017.01.02

<連載>宝田陽平の兜町アンダーワールド(603)「『兜町の風雲児』加藤あきら氏死去」

 金融商品取引法違反(偽計、相場操縦など)に問われ、東京地裁で公判中だった誠備グループ元代表・加藤あきら氏(75)が昨年12月26日、東京都内の病院で死亡したことが関係者の話でわかったのはご存じの通り。。
 新年早々からキナ臭い話題もどうかと思うので、この加藤氏を追悼したい。手法はともあれ、彼が希代の大物相場師であった事実は誰も否定しないだろう。
 ウィキペディアにも詳しく書かれているが、ここではウィキの一部内容の裏話中心に取り上げる。
 ウィキに誠備という名前は台湾の宗教「世界紅卍会」と書かれているが、私は「紅卍教会」と呼んでた。当時、銀座の裏通りのビルの中に教会があって、笹川良一氏もよく顔を出していたそうだ。
「誠備」とは紅卍教入信時の戒名だ。加藤氏と一緒に戒名を受けた人は誠ら(漢字不明)と名付けけらた。その人は鎌倉の由緒あるお寺の一族、右翼の大物といわれた田中清玄氏の門下生で、一時期加藤氏の宗教の先生であった。ただ、誠備を一緒に立ち上げた人物は別で20億円を貸し付けたものの返してくれず、追い込みかけるも加藤氏の住む高級マンションはセキュリティが高くて入り込めなかったそうだ。
 バブル期の本州製紙仕手戦は有名だった。しかし、一時期株価が急落したときは主力の証券会社1社で追証が70億円も発生したそうだ。加藤氏は形勢不利になると連絡つかなくなるのは亡くなるまで一貫していた。
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