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2013.04.12

<*連載*渡辺正次郎の芸能界を斬る!>「第200回 ああ、無情!? 藤圭子が“育ての親”の葬儀に顔を出さなかった理由」

 藤圭子(61)のデビュー曲「新宿の女」(1969年)や「圭子の夢は夜ひらく」等で知られ、藤の“育ての親”と言われている、東京・新宿の貧しい家庭生まれの作詞家・石坂まさお(71歳。本名・澤ノ井龍二)が3月11日、都内の病院で死去した。石坂はガンを患っており、昨年5月の誕生日に関係者に「来年まで持つかな」と冗談交じりに漏らしており、死去前約1カ月の容体は一進一退だった。通夜・葬儀は3月13日、14日にあった。だが、肝心の藤圭子は顔を出さず、献花も弔電さえもなかった。そのことが、一部芸能マスコミの間で「一体、何があった? 恩人だろうに」と小さなさざ波のように囁かれていた。しかし、後の「オリコン」編集長をしていた時代、東京・亀戸から拾って来て、藤圭子を実質、デビューさせた関係から、一時、ひじょうに親しくし、また素顔の彼女を知っている私としては、それは当然のことだった。何しろ、圭子は自分の母親の葬儀にさえも顔を出していないのだから。彼女が石坂ごとき男の葬儀に顔を出すはずがない。何故なら、その理由の1つは、圭子は石坂の書いた貧しい、暗い歌詞を唄いたくなかったからだ。吹きすさぶ北風の北海道の貧しい浪曲師夫婦の娘として、食うや食わずで流れ着いた東京。ようやくデビューし、輝く陽の目を見えると思ったら、あの悲惨な過去の日々を思い起こす暗い歌を唄わされ続けたのだ。それだけではない。
 2013年4月12日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ



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