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2011.09.27

<新連載>『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』(第25回)「昔の不良顔、スケ番顔は何処へ行ったの?」

 前回で取り上げた『恐怖女子高校・暴行リンチ教室』の話で思ったんだけど、1970年代はやたらとスケ番映画が多かった。そして現実にもスケ番風の女子高生というのは沢山いたような気がする。あれは一体いつ滅亡してしまったんだ? こないだ酒飲んでたら「なでしこジャパンのメンバーの顔って70年代のスケ番顔じゃん」てなおじさん話で盛り上がった。確かに、最近あまり見ない顔がそれなりにいる。70年代スケ番というのは、80~90年代の渋谷・原宿・関東ローカルのいずれのタイプとも違って、顔が老けていて、スカートが長く、カバンもぺったんこである。その最後は1983年製作の『夜をぶっとばせ』(曽根中生監督)あたりかな。この映画は、『3年B組金八先生』の校内暴力テーマをさらに深く、甘さを排して寒々しく描いた凄みがあって、70年代東映の荒唐無稽のスケ番ものとは一線を画す。このテの「不良」ものはまた、中学生もののほうが、妙なリアリティがあるのだ。そういえば、あの紳助が主役を張った不良映画の傑作『ガキ帝国』(1981年 井筒和幸監督)のなかに、一人だけ中学生不良が登場し、不気味な存在感を見せるのだ。さらに昔、1972年頃深夜テレビで観ただけで、その後、名画座でもビデオ、DVDでも見かけない幻と化した不良中学生ものの傑作を思い出した。『非行少年』(1964年 河辺和夫監督)という日活映画。
 2011年9月27日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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