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2011.02.12

<新連載>元「フライデー」名物記者・新藤厚の「往事茫々日記」第13回 大相撲八百長問題と三浦事件(続き)

 相変わらず冬眠のさなかにある。ひっそりと閑かな独りの日々だ。往ったことはないがまるで冥界の如くである。寂寥を掻き抱いた「日々是好日」と言ってもいい。半世紀ほど前までこの地方ではこの時節「農民美術」という農閑期の手仕事があった。大正デモクラシーの人、山本鼎が窮乏する百姓の生計安定のために伝導した。範はトルストイの「農民学校」に倣った。それが廃れたのは高度成長という時代の荒波が「出稼ぎ労働者」を都会に誘引したからである。信州に都落ちしたばかりの頃、愚生も村の公民館で木彫のレリーフを教わった。蕎麦打ちにも挑戦した。ところが不器用なのは脳髄だけではないと知って即座に諦めた。都合よく百姓にはなれない。よくある「夢の田舎暮らし」「人生の楽園」の蹉跌である。立春前後の数日、太平洋の高気圧が張り出して久々に寒気が緩んだ。アジア・モンスーンの国土気象にはやはり陰暦が似つかわしい。一年は二十四節気でメリハリを保ちたい。調べたわけではないが、今年は一月睦月が閏月だったのではないだろうか。前回の「三浦事件」のつづきを書く前に、このところ世情喧しい「大相撲八百長問題」について思い出したことを記す。昔は相撲を「国技」などとは呼ばなかった。国技は「柔道」と「剣道」しかないことはたれでも知っている。あれは法律で禁止されていなかったので日本相撲協会が勝手に言いだしたにすぎない。もともと相撲は古い歴史のある「神事」である。形式美を尊ぶ伝統芸能である。いまでも地方巡業の勧進元は大半その筋絡みである。興行だから仕方がない。昔は八百長などというヤボな言い方はしなかった。かっては「人情相撲」と言った。団塊世代には記憶にある大鵬と長期休場開けだった柏戸の全勝対決での「人情相撲」は語りぐさとして残っている。柏戸の「奇跡的復活」というカタルシスに観客は酔った。予定調和の「美談」だった。負けた大鵬は「さすが大横綱」と逆にリスペクトされたのである。そのうち時代が経って「ガチンコ原理主義者」の存在感が増してきた。「阿佐ヶ谷勢」の台頭がニューウェーブだった。かって騒がれた「若貴兄弟喧嘩」は清濁に関する伝統派と改革派の争いだったと愚老は勝手に思量している。人情相撲は原則「星の貸し借り」である。つまり相互扶助の精神である。対するガチンコは強食弱肉の市場原理主義である。協会は仕方なく「無気力相撲」と呼びならして問題化、表面化をうやむやにして頬被りを決め込んだ。多分、負け方もミエミエでヘタクソになったのだろう。そして角界の人情と美談の時代は実質的に終わったのだ。伝統がフェアネスに駆逐されたのだ。何という浅はかさだろうか、と老人は嘆く。
2011年2月12日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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