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2010.12.21

<新連載>元「フライデー」名物記者・新藤厚の「往事茫々日記」第9回 もう一つの「フライデー襲撃事件」

 今年も残り僅かとなった。遠くシベリアから寒気が南下してくると標高七百米の高原平野は氷点下の世界である。枯れ野に吹く寒風は厳しい。わが人生もとうに白秋から玄冬素雪の色合いだ。老人に振り返るほどの日々などはないが、貧困が身に滲みた年ではあった。最初にその辺りを少し書く。何の役にも立たない極私的雑感である。「たずきの方便」ともいう老人の下らない私念である。思うにこの国の社会主義システムは意外に充実している。収入の手立てを失い預金も底をつき明日の喰い物に困れば安全網に引っ掛かり救いの手を差しのべてくれる。憲法二十五条によって国民は等しく健康で文化的な生活をおくる「生存権」が保障されている。本心ではもう生存などしたくない社会的に落伍した「生存不適格老人」にも国と自治体は「生活保障法」に拠る扶助を惜しまない。権利とはいえ多分、感謝しなくてはいけないのだろう。いまこの国の相対的貧困率は十五%を超えるという。社会階層の「下流」は増大し明らかに固定化しつつある。しかし敗戦後のような惨憺たる世相であっても、あの「みんなが貧乏だった」というある種の明るさはそこにはない。時代の風景は木枯らしの吹く荒涼茫漠に向かってとどまるところを知らないようだ。死んでこの身が消滅するまではこの世に生存する、というのは散文的な現実である。身も蓋もない恐ろしいまでの真実である。〈過去は水に流すまでもなく既に刹那的に消え失せている。世界は刹那滅的なのである〉
2010年12月20日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ



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