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2010.11.30

<新連載>元「フライデー」名物記者・新藤厚の「往事茫々日記」第7回 「JR東労組、前進社、タカラ」

 最低気温が氷点下に下がる白い朝が増えてきた、晩秋から初冬へ移ろう佐久平である。 里山の紅葉も街場の街路樹にいたり、気がつけば秋の逃げ足は速い。寒冷が老人の身を竦ませる季節になった。たしかに少ない生活費で暮らしを立てる楽しさはあるのだ。世間の「無用者」「不適者」「無能の人」になってみると、なぜか平穏に落ち着くからである。例によって灯油代の足しにまた贅言を記す。すがれた老人はまだらに惚けた記憶痕跡を逍遙して与太を捻り出す。これもまた凡愚の老獪とでも言っておこう。何度も書くが人生を降りた老人にも「たずきの方便」は少しく険しいのである。ときは昭和の終わり、国鉄が民営化しJR東労組ができてしばらくした頃だった。たしか東労の初代委員長は「菅野」といったように思う。老人の記憶には一緒に呑んで面白い話を聞かせてくれた「カンちゃん」として刻まれている。鉄労出身で東北訛の抜けない朴訥な好人物だった。勿論、たしか書記長に就任した松崎の傀儡、というよりも何の権限もない名前だけの委員長だった。旧鉄労の面子を立てたただの「お飾り」である。「東労の委員長はスナックのママを愛人にして組合費で毎晩店に入り浸り」というようなタレコミが「フライデー」にあった。恐らく対立する組合の嫌がらせだろう。ある夜、何食わぬ顔で客の振りをして蒲田だったか大井だったか、その店をのぞいてみた。
2010年11月30日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ


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