« 監査法人が、「日本振興銀行」と鮎川純太氏の関係にレッドカード | トップページ | 「INAX事件」、2被告に判決 »

2010.08.25

<新連載>「田沢竜次の昭和カルチャー甦り」(第1回)

 NHKの朝ドラを楽しみに毎日観るなんてことは、もうウン十年ぶりのことだろうか。評判の「ゲゲゲの女房」のことだ。周りでも欠かさず観ているという人が多い。なかでも特に、胸にグッときたのが水木しげるの貧乏貸本漫画家時代からメジャーデビューの転機となった、「テレビくん」が講談社漫画賞をとった頃の展開である。この「テレビくん」(1965年夏、『別冊少年マガジン』に掲載)は、数ある水木マンガのなかでも歴史に残る傑作である。お話は、テレビ漬けの少年が、ひょんなことからブラウン管からテレビの世界に入ってしまい、CMの画面など自由自在に泳ぎまわり、その新商品を現実世界に持ち出せるといった、当時の子どもたちの夢を体現したようなファンタジー。それが、不思議な転校生と、貧しい少年との交遊を通して、高度成長社会への皮肉や風刺も織り交ぜて描かれる。この作品に出会ったときは、こちとら小学6年生、マガジン、サンデー、キングの3大少年マンガ週刊誌に夢中になっていた頃だ。戦記、忍者、ギャグ、スーパーヒーロー、スポーツ根性もの全盛の少年マンガ界にあって、水木マンガのタッチやそこに流れるニヒリズムやペーソス、怪奇幻想趣味は、ちょっと異色ではあった。「なんだか凄いマンガ家だなあ」とマンガ好きの友達と語りあっていたら、間もなく、「墓場鬼太郎」が「週刊少年マガジン」で連載開始。メジャー化とともに、「墓場」は「ゲゲゲ」となるのであるが、その後、復刻された、貸本時代の鬼太郎の、B級怪談的なおどろおどろしさや、月刊『ガロ』で連載されていた「鬼太郎夜話」のほうが、本来の水木らしい味が出ていて良い。さてこの1965年は、もう一つ衝撃的なマンガとの出合いがあった。それは同じ頃にマガジンで、連載がスタートした楳図かずお……。
 2010年8月25日掲載。この記事の続きを見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

|

« 監査法人が、「日本振興銀行」と鮎川純太氏の関係にレッドカード | トップページ | 「INAX事件」、2被告に判決 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/57690/49244180

この記事へのトラックバック一覧です: <新連載>「田沢竜次の昭和カルチャー甦り」(第1回):

» 写真点描・札幌花物語 17 [つき指の読書日記by大月清司]
 ◎印はその後、書き加えました。楽天ブログのシステム上、登録日が記事の日付になり、間隔が空いていますので、あえて、そういう方法をとりました。 前回の写真の後半から本来の... [続きを読む]

受信: 2010.08.26 19:29

« 監査法人が、「日本振興銀行」と鮎川純太氏の関係にレッドカード | トップページ | 「INAX事件」、2被告に判決 »