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2009.02.21

柿澤弘治元外相「お別れ会」発起人代表の顔ぶれ

 今年1月27日、柿澤弘治元外務大臣が死去(75)したのはご存じの通り。食道癌の大手術をしてからちょうど1年目だった。旧大蔵官僚時代、外務省への出向でフランスやベルギーに勤務し、政界随一の国際派を自認していた。だが、新自由クラブ公認で政界に出馬後、自民党→柿澤自由党(党首)→自由改革連合→自由連合→自民党と渡り歩き、自民党派閥も変えたため、閣僚経験は羽田内閣時代、柿澤自由党が連立与党に加わった際の外相ポストだけだった。喪主は息子の柿澤未途氏(以下に、政財官界の豪華な「発起人代表」一覧転載)。
2009年2月21日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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