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2008.08.07

<心声天語>(40)「大道廃れて仁義あり」

老子の第十八章に、「大道廃れて仁義あり」という言葉が出てくる。大道とは、老子が第一章で「道の道とすべきは、常の道にあらず」(これが道だといわれる道は、永遠の道ではない)というところの、「常の道」ことである。老子によれば、永遠の道は、自然の摂理ないしは、自然そのものだという◆人間も、自然の中の一現象にすぎない。ところが人間は、何事も、道徳的価値基準で判断し、それをもって裁き、自分たちの都合にあった善悪を得意に掲げている。しかし、このやり方は、永遠の道にさからうこと…自然の摂理に相反することでもある◆人間社会において道徳は、秩序を維持していくために必要だ。しかし、老子は、道徳に権威を与え、道徳を強要することは、自然の摂理を信じていない行為であるとして、「大道廃れて仁義あり」との逆説的な言い方で説いている◆仁や義を強要し、道徳教育を施し、また道徳的に他人を評価する思想や行動は、みずから自然の秩序を乱しているか或いは、さらなる敵対者を作り、争乱を起す要因になる。また、「仁・義」という価値基準がことさらに強調されるのは、永遠の道を忘れ、自然の摂理を放棄してしまったからである◆「仁」「義」「礼」「徳」などは、強要されるべきものではない。これらを必要以上に強調する人は、自然の摂理、真理を信じていない人たちである。そうか…今の世の中、道徳やモラルが叫ばれているわりには、一向によくならない。これも、大道が廃れてしまったからであろう。さすがは、老子である。(和光)
2008年8月7日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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