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2005.01.22

ホームレス襲撃事件頻発を生む、行政の問題点

12_157●自立支援法(11条)を根拠に、公園から追い出しを図る行政

 いまや全国にいるホームレスの数は、3万人を軽く超えているとみられる。
 東京都内でも、少なくとも7~8000名が生活しているとみられる。その多くの者が都内の多くの公園で生活していたが、最近、追い出し、そこまでいかなくても新規ホームレス排除の動きが活発になっている。
 その大きな“引き金”になっているのが02年8月に成立・施行された「ホームレスの自立支援等に関する特別処置法」(自立支援法)。これに基づき、東京都と23区は04年4月より5年間をめどに、全国に先駆けて緊急一時保護センターや自立支援センターを設置・活用した「自立支援システム」を実地するとしている。
 もちろん、本紙・山岡もその実施自体を否定するわけではない。
 しかし、ホームレスのなかには高齢者、病人が多い上、職歴・学歴の問題や矛盾などもあって、意欲はあっても、実際に自立出来る者はわずか。2割程度とも見られている。そして、本来、自立できない者を救済することを目的としている生活保護法も予算枠の問題、また、どんなに落ちぶれても生活保護は受けたくないという当人の気持ちの問題などもあってとても十分に機能していないのが実態だ。
12_156それにも拘わらず、自立支援法には、「(公園その他公共の用に供する施設の)適正な利用が妨げられるときは(中略)当該施設の適正な利用を確保するために必要な処置をとるものとする」(11条)との一文が入っているのだ。
 極論をいえば、この法律は、一般国民のホームレスは「怠け者」、「臭い!」との差別意識の下、「自立できるように援助してやっているのだから、公園から出ていけ。後は、野垂れ死にしようがどうなろうか知ったことではない。自己責任の問題だ」といっているのだ。
 そして実際、左上写真の「申入書」に書かれているように、台東区などで有無をいわさぬ公園からの追い出しが始まっている。
 2005年1月22日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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NHK番組改編問題渦中に起きた、安倍晋三代議士事務所投石事件

12_152●地元・下関事務所の窓ガラスを割られる

 安倍晋三幹事長代理が、マスコミで注目されている。
 NHK番組改編問題で、政治的圧力を掛けた疑惑の当事者としてであることはいうまでもない。
『朝日新聞』がこの疑惑をスクープしたのは、1月12日のことである。
 そして、安倍氏の地元・山口県下関市内の事務所に投石があったのは13日から14日にかけての夜半のことだ。
 JR下関駅から徒歩10分ほどのところにある事務所(写真)の玄関ドアと、裏口ドアのガラスが割られ、玄関ドアから1Mほど離れた室内に直径10㎝ほどの石が落ちていたことから、投石で割られたと見られている。
 出勤して来た女性職員が気づき、通報を受けた下関署は、器物損壊の疑いで捜査を行っているという。
 果たして、犯人は誰で、いかなる理由からなのか。
 NHK番組改編問題の報道に触発されてのことなのか、それとも、この3月にも行われる下関市長選絡みなのか。
 いずれにしろ、裏口ドアのガラスまで割っているところを見ると、単なる衝動やイタズラではなく、確信犯と見ていいのではないだろうか。

●約3年半前には火炎瓶事件も。ただし、本当は銃撃との説も 

 この投石事件報道を知った瞬間、本紙・山岡の脳裏に浮かんだのは、「本当に投石か? あるいは、銃撃ではないのか?」というものだったた。
 この事務所、既報道では、00年6月にもターゲットとされ、その時は火炎瓶が投げ込まれたことになっている。
 しかし、本当は銃撃だった可能性があるのだ。
 銃撃では、まるで暴力団同士の抗争事件みたいでイメージが悪いということで、安倍事務所が下関署に根回しして火炎瓶事件ということで処理した可能性がある。しかも、そうした背景には、犯人に思い当たる節があり、しかも後ろめたいという事情があったとの有力証言も出ているのだ。
 結論を先に言えば、前回の事件は、選挙絡みの可能性が高く、犯人としては暴力団関係者の名が上がったものの、結局、真相はうやむやにされてしまっている。
 いずれにしろ、そこに浮かび上がって来たのは、中央政界でのクリーン・イメージとはかけ離れた、ダーディーな安倍氏のもう1つの素顔だった。
 そこで、ご参考までに、山岡がメルマガ「東京アウトローズ」編集長時代、地元取材まで行って報じた、この火炎瓶事件の疑惑についての記事をここに再掲載する。03年2月10号、「安倍晋三官房副長官の地元・下関市における襲撃事件の闇」がそれである。

●やくざ関係者に集票を依頼するも、見返りの公共工事を回さなかったため?

安倍副長官の地元・山口県下関市内の自宅車庫に、何者かによって火炎瓶が投げ込まれたのは2000年6月17日深夜のことだった。 このことは全国紙でも当時、報道されている。だが、それから11日後、今度は同市内の安倍事務所が銃撃されていたことはほとんど知られていない。
もっとも、こちらの件は「中国新聞」が報じてはいる。しかし、その内容は自宅車庫同様、「火炎瓶」とされている。ところが、現場を見た地元記者は、こう証言する。
「事務所のガラスに素人でもわかる銃痕が2つ、ハッキリ残っていました。あれが火炎瓶のわけがない。さすがに銃撃されたとなると衝撃度が違いますから、自宅同様、火炎瓶ということで処理されたのでしょう」
この連続事件、東京では公安情報として、「拉致運動に邁進する安倍サンへ、朝鮮総連関係者が“警告”したもの」との見方もあると聞く。しかし、地元事情通の見方はまったく異なる。結論をいえば、中央やテレビでの顔とは異なり、地元では利権漁りを盛んにやっており、その挙句のトラブル説では、というのだ。
12_153その大きなヒントになると思われるのが、安倍副長官以外も襲撃されていた事実。その人物とは、江島潔下関市長(写真)、平川助役、それに地元では“影の市長”ともいわれている疋田善丸氏。
「この3人の方は、各々が使用する車が狙われ、バットなどでフロントガラスが粉々にされるなどされたんです。安倍氏の自宅車庫と事務所が狙われた約2週間の間の犯行です」(地元事情通)
 2005年1月22日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.01.21

吉本興業・林裕章会長死去で、吹き出しそうな創業家ファミリー疑惑

12_166●吉本興業と林ファミリー企業との関係

 吉本興業の林裕章会長(62)が年明け早々の1月3日、肺がんで死去したのはご存じの通り。
 林会長はバブル時代、多角化を図って来た吉本興業の経営方針を改め、本業のお笑い強化を図り、それが吉本興業の発展に大きく寄与したとの見方が大勢で、その評価は高い。また、さっぱりした性格で、人望もあったようだ。
 だが、林会長の死去と共に、社内と周辺から、創業家・林ファミリーに対する見方が厳しくなっているという。
 林会長は、林ファミリーといっても、今日の「吉本王国」を築いた故・林正之助元吉本興業会長の娘婿、要するに婿養子。関係者によれば、未亡人になったマサ夫人の尻に敷かれ放しだったという。
 その林ファミリーは、東証1部に上場したいまも吉本興業に対し大きな力を持っている。
 吉本興業の筆頭株主は「大成土地」(10・01%)。その他、大株主に「大成建設」の名もある。
 これだけ見ると、「大成土地」もスーパー・ゼネコン・大成建設の関連会社と思われるかも知れないがそれは間違い。実は林ファミリー企業なのだ。
 なぜ、こんな名前になったのかは不明だが、正之助会長が91年4月に亡くなった際、裕章会長夫婦と孫の3人に総額32億円の相続税が発生。その大半が「大成土地」名義で持っていた吉本興業株で、「株は持ち続けろ」という元会長の遺言に従ったことから、現金化できず、ローンを組んで相続税を払うことにしたことでも明らか。
 その「大成土地」は吉本興業の関連会社(約24%所有)でもあり、正之助元会長は亡くなるまで同社代表も務めていたし、現在も一族で、吉本興業の取締役相談役(元専務)を務める林英之氏が代表を務めている。
 今回、漏れ伝わって来た疑惑の1つは、この「大成土地」は吉本興業の不動産の多くを所有しているのだが、そのビル内にパチンコやラブホテルを経営する林ファミリー企業が優先的に入居するなど、吉本興業と林ファミリー企業の公私混同ぶりに関することだ。
 
●林ファミリーと関西広域暴力団との関係
 
 また、マサ未亡人は、現在、吉本興業で制作営業統括本部次長を務める息子の正樹氏(33)を近い将来、社長に据えたい野望があるといわれるが、先のような公私混同ぶり、また、未亡人のとかく傲慢な態度も災いしてか、社内ではこの動きに対して大きな反発があるともいわれる。
 さらに、こんな情報も出て来ている。
 2005年1月21日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.01.17

横浜地検が動き出した。神社本庁を巻き込む背任疑惑

12_150●本紙・山岡が04年4月に記事化

 関係者の証言により、横浜地検が捜査していることが明らかになったのは、本紙・山岡が月刊経済雑誌『財界展望』04年5月号で報じた(写真)疑惑である。
 問題の舞台は、神奈川県横浜市はJR桜木町にほど近い丘陵地に鎮座する「伊勢山皇大神宮」。
 「関東のお伊勢様」とも呼ばれるほど有名な神社だが、バブル時代、銀行から総額約90億円も借り入れし、境内の隣接地に豪華ホテルをオープンさせたことからおかしくなる。
 結局、同神社を運営していた(宗)伊勢山皇大神宮は03年4月に破産。
 宗教法人の倒産という前代未聞の事態に加え、有名神社だったことから、当時は少なからずマスコミの話題をさらった。

●信者2名が宗教法人法に基づき告発

12_151 横浜地検が動いているのは、信徒2名による刑事告発を受けてのことと思われる(左記はその告発状コピー)。
 宗教法人法では、宗教法人が不動産を担保にする場合、その旨を信者に対して公告しなければならない(23条。公告義務)。これがされなかった場合、担保提供は無効とされる。
 そして、伊勢山皇大神宮はこの公告手続きを踏んでなかったというのだ。
 そこで、信者はまず当時の宗教法人の宮司を告発した。公告しなかったのだから、担保提供も、返済も必要なく、それにも拘わらず行って神社資産を無くしたことが背任に当たるというわけだ。
 2005年1月17日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.01.16

パシコン・荒木民生社長の疑惑②

●倒産した「パシフィック・テレコム」の代表まで務めていた荒木社長 

  本紙はすでに04年12月7日、「世界的建設コンサルタント会社トップに特別背任、脱税疑惑浮上。警視庁、国税庁も注目」なるタイトル記事を出し、そのなかで、パシコンの荒木民生社長の長男・謙氏が社長を務めていた「パシフィック・テレコム」(本社・渋谷区)なる国際電話通信会社が2001年3月、約30億円の負債を抱えて倒産したが、父親として、その負債穴埋めのために奔走することが、一連の疑惑に通じていると報じた。
 これだけ聞けば、日本人の感性からすれば、バカ息子に対する親の愛情からのことで、同情の余地もあるようにも思える。
 だが、その後の調査の結果、とてもそんなレベルの話ではないことが判明した。
 まず、倒産した当時、荒木民生氏自身、同社の取締役会長だったのだ。
 しかも、98年4月から99年6月まで、息子の謙氏と共に共同代表に就いていたことも判明した。
 それだけではない。
 同社の筆頭株主は荒木一族の持ち株会社T社だし、民生氏個人でも大量の株を保有していた。
 こうした事実に照らせば、同社社名に「パシフィック」と冠しており、資本関係は一切ないのだが、世界的経営コンサルタント会社「パシフィックコンサルタンツ」(パシコンに略)の「パシフィック」をもじり、いかにも関係会社であるように見せていたことに気づく。
 要するに、父親・民生氏が、息子のためというより、自身の利益追求のため自分の公的信用(パシコン社長)まで利用して設立した会社だったのだ。
 2005年1月16日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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