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2005.01.07

本紙・山岡に対する武井保雄、武富士の組織ぐるみ名誉毀損行為がなぜか不起訴に!?

12_093検察官の頭のなかは、一連の武富士疑惑はもう完全に店仕舞い?

 左の写真は、昨年12月28日に「不起訴処分」が出たとする検察からの処分通知書コピーである。
 武富士前会長・武井保雄は、本紙・山岡が電気通信事業法違反(盗聴)で刑事告訴するや、「事実無根」「ブラックライターが、自らの逮捕を逃れるために事件をデッチ上げている!」旨など、最大限の誹謗中傷を、誰もが、しかもかなりの頻度で閲覧している武富士のHPで行った。
 2007年1月7日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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西川頭取だけではない。旧住銀融資3部担当者の自宅購入疑惑

12_09212_09112_089●旧住友銀行幹部からの内部告発文書
本紙が西川善文頭取の自宅疑惑について知ったのは、旧住友銀行幹部からの情報提供のお陰だった。
 左に掲げる文書は、その情報提供者が作成したものだ。
 西川頭取の自宅に関する内容は、本紙のその後の調査で新たな展開を見せている。
 2005年1月7日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.01.05

旧住銀のまやかしの不良債権処理(実例=旧住宅信販のケースを見る)

●広告出稿で大手マスコミが書けない三井住友銀行の問題点 

 以下、本紙・山岡がメールマガジン『東京アウトローズ』編集長時代に書いた記事【志村化工の株価操作絡みで桑原氏逮捕。改めて注目される住友銀行との深い闇】(02年3月12日)を、ここに再掲載する(ただし、一部読みやすいように加筆、訂正あり)。
 本紙はすでに3度、三井住友銀行・西川善文頭取の自宅購入に関しての疑惑の詳細を述べて来た。
 その疑惑が法的に問題かどうかはともかく(時効の関係もある)、いずれにしろ、脇が甘い人物であることは確か。
 ところが、大手マスコミにおいては、西川頭取自身、旧平和相互銀行、旧イトマン事件には直に関わっていなかったことから、その旧住銀の負の遺産を精力的に処理して来た“英雄”かのような取り上げ方をして来た傾向があるように思う。
 しかし、本当にそうであろうか。
 また、大手マスコミの問題といえば、今回の自宅の疑惑について、“広告絡み”を理由に、打診したところは取り上げてくれなかった事実を強調しておきたい。
  なお、参考までに、本紙が入手した、三井住友銀行の02年9月末現在の「主要会社与信残高・出資関係図」を冒頭に掲載しておく。

●旧住銀を“守った”闇のフィクサー・佐藤茂人脈 

 桑原芳樹氏(住宅信販社長。ただし、同社はすでに清算)と聞いても、一般読者にはほとんどわからないだろうが、事件記者の間では、闇社会と住友銀行との腐れ縁の“調整役”として、有名なミニファクサー的存在だった。 彼がそうした力も持つようになったのは、「川崎定徳」という会社の社長だった故・佐藤茂氏の存在抜きには語れない。
  川崎定徳は、敗戦後GHQによって解体された旧川崎財閥の資産管理会社。その社長に財閥家一族出身でもないものの、佐藤茂氏は番頭から上り詰めた。そして、その由緒正しい会社社長という信用から、住友銀行が旧平和相互銀行を吸収合併する際、これは旧平相銀側に激しい内紛があり、逮捕者を出すほど賛成・反対で揉めに揉めたのだが、結局、佐藤氏の仲介が効を奏して吸収合併される。
  当時、関西を地盤としていた住銀は、この結果、関東が地盤だった旧平相銀の支店を一挙に取得。後の預金高日本一の大躍進に結びつくわけで、いわば佐藤氏は住銀にとっての大恩人となったわけだ。
 そして、佐藤氏は住銀と親しかった故・竹下登元首相や土田国保元警視総監など、政・官界にも太い人脈を築いて行く。
 その一方で、川崎定徳は関東の旧財閥という経緯から、同地の闇社会との付き合いもあり、それを改めて実感させたのが、稲川会会長だった故・石井進氏が東急電鉄の株買い占めを行なったことが発覚した際、その調整役に佐藤氏が乗り出した時だった。
 また、佐藤氏はこうした裏人脈を背景に、住銀を食い荒らしていた山口組に対しても、何かと住銀の側に立って動いたと見られる。 そして、佐藤氏の番頭格として、その間、何かと動いていたのが他ならぬ桑原氏だった。

●住宅信販への見返り=高級会員制スポーツクラブNの場合
 旧住銀ダミー会社「エフエム産業」に不良債権の“飛ばし”では?

 では、これら「調整」に対する見返りとは何か。それは、佐藤氏側に対する巨額の融資。その額、実にバブル時代のピーク時で4000億円との指摘もある。
 しかし、ご多分に漏れずバブル崩壊で、桑原氏の経営する住宅信販を始めとするグループ会社も行き詰まった。
だが、以上述べて来たような特別な関係から、その処理は通常の方法は取られなかったはずである。
そこで、前号の編集後記でお伝えしたように(志村化工の株価操作容疑)、桑原氏の逮捕を機に、謄本を取り直してその行方を追ってみた。
 前置きが長くなったが、やはり予想通り、その処理方法はとても普通ではなかった。
 一言でいえば、巨額の負債があったにも関わらず、弁済ないしは任意売却というかたち、つまり、桑原氏側に負担をかけないように大甘処理されていたのだ。
 例えば、バブル時代、桑原氏は東京は渋谷駅のすぐ近くに「N」という高級会員制スポーツクラブをオープンさせていた(現在は豪華レストランとして営業中)。
 2005年1月5日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.01.03

三井住友銀行・西川善文頭取の自宅に重大疑惑③

●こんな人物が頭取になる資格があるのか?

 周知のように、西川氏が頭取に就任したのは、旧安宅産業、旧平和相互銀行、旧イトマンといった旧住銀の過去の巨額不良債権の処理のためといわれる。
 それら問題債権を集中管理するために設置されたのが、旧住銀の「融資第3部」。
 西川頭取はかつて融資第3部長として安宅の処理に当たり、その後も担当役員として債権管理の任を背負って来たことから「西川案件」とも呼ばれている。
 その処理が西川頭取の最大の役目で、その最終処理の目処がつくとされる今年前半に退任するとの見方が強い。
 だが、前回、前々回と見て来ると、そもそも西川氏はその適任者だったのか?
 「三井住友銀行の暴走」なるどぎついタイトルの特集を、『週刊ダイヤモンド』」は04年11月6日号で行っている。
 そのなかで、西田頭取の人柄に触れ、高圧的だが、しかし、
「それでも、部下が西川についていったのは、決して恐怖政治によるものではない。『プライベートでゴルフに行くときは、今でも電車に乗って行く。公私の区別はともかくはっきりしている』(住銀OB)という清廉さと、決して意思決定を誤らない信頼感があったからだ」
と述べている。
 だが、自宅の件を思うと、清廉潔癖などとはとても思えないのだ。

●「レイク相模カントリークラブ」との関係

 山梨県上野原町に「レイク相模カントリークラブ」がある。
 89年10月開場。理事長には巽外夫元住銀頭取が就任している。
 経営母体は、サラ金や暴力団関係者の最大の資金源とも揶揄された旧東京相和銀行を支えていた山田地建グループ。
 さる旧住銀元幹部が証言する。
 2005年1月3日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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2005.01.02

三井住友銀行・西川善文頭取の自宅に重大疑惑②

●富士緑化が土地所有中に、自宅を建設

 本紙は前回、西川頭取の自宅所有地は、金丸系企業「富士緑化」の抵当権(それも貸し手は旧住友銀行)が外れる前である事実を述べ、その異常さを指摘した。
 だが、さらに異常なのは、そもそもまだ土地の所有者が富士緑化だった時期、すでにこの富士緑化が取得したサラ地(約125坪)に西川頭取は自宅を建設していた事実である。
 右の自宅建物の登記簿謄本コピーをジックリ見ていただきたい。
 所有権が登記されたのは、88(昭和63)年8月24日。
 だが、その右上の「原因」のところを見ると、建物自体はそれより前、88年1月12日に完成していたことがわかる(矢印あり)。
 前回に続き、左側に土地の登記簿謄本コピーをもう一度載せたので、それと見比べて欲しい。
 問題の土地の所有権が「売買」を原因に、富士緑化から西川頭取名義に移ったのは88(昭和63)年7月30。ただし、実際に「売買」したのは「原因」のところに記された88年1月20日とされる。
 その1月20日より、自宅が完成した時期はさらに前(1月12日)なのだ。
 要するに、西川頭取は富士緑化が所有し、しかも、自らがすでに取締役に就任(86年6月より)していた旧住友銀行と取引がある土地に、自宅を建設していたのである。
 こんな異常な話は、聞いたことがない。

●担保設定物件に建物新築の場合、本来、融資銀行の承諾が必要のはず

 三井住友銀行関係者が語る。
「単に異常というだけでは済まされないことです。
 担保物件の上に、建物を新築されたら、もし、融資返済が滞って土地を処分する場合、その上の建物が邪魔になるではないですか。したがって、本来、建物新築の場合、融資した住友銀行(当時)の承諾が必要なんです。もっとも、その銀行の役員が西川氏だから、そういう手続きを踏まなかったのでしょうが……。
 それに通常、土地とその上に新築した建物の所有者は同じでしょうから、その場合、新築した建物はより返済を確実にするため、追加担保として共同担保設定すべきところなんです」
 
●富士緑化の旧住銀との取引支店は、問題の土地融資支店とは別

 さらに奇っ怪な事実を、前出・同行関係者が明かす。
「富士緑化の当時の取引支店は、麹町支店なんです。
 それが、なぜ、この土地についてだけ赤坂支店なのでしょうか?」
 以上のような数々の事実を見て来れば、この土地はそもそも西川頭取への“プレゼント”のために富士緑化が購入したものなのか? とさえ思ってしまう。
 2005年1月2日掲載。この記事を見たい方は、本紙改訂有料ネット記事アクセス・ジャーナルへ

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