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2005.10.11

「NYから眺めたフジヤマ」byマイク・アキオステリス(日本通米国ジャーナリスト)(40) TV局協賛の「小泉劇場」 

先週の週刊文春(10月13日号)に、「『小泉支配』を考える:第三弾」「小泉劇場に乗っ取られたテレビの自殺」との見出しにて、小泉劇場の巧みな演出、鮮やかな演技、それを支えたテレビのメディアとしての不甲斐なさを切り111まくっている。無理もない。今回の衆院選は小泉一座の一大舞台であり、それをテレビは絶妙なアングルで中継、国民たちを思い切り錯覚させたからである。テレビはメディアの中で最も影響力をもった媒体である。それだけに、テレビは絶対、中立を貫かなければならない。ところが今回、テレビは終始、“小泉劇場の中継”に徹した。「衆院選」という国家の一大事をまるで、視聴率を稼ぐ「特番」のような視点で取り上げた。そこには、冷静な視点も、批判も、問題定義も…、候補者を選択するに必要な最低限の情報、メッセージさえもなかった。どこのチャンネルでも、そこに映し出される顔は同じ顔ぶればかり。タレント文化人なるコメンテーターや似非評論家の、的外れ能書きのオンパレードであった。これではいけない。テレビは「公」の使命を背負っている。候補者たちの能力や資質を問う視点、公約などを吟味する視点、物事の本質を見極める知識人、評論家方の意見を国民に伝えなければならない。でもテレビはそのようなことにはとんと関心がないようだ。ただ、“話題性”と“お騒がせ”の場面だけを垂れ流せばいいと考えている。メディアの義務、使命を忘れて視聴者受けする「おもろい画」だけを垂れ流すのも一種のヤラセのような気がしてならない。この罪たるや、ジャーリズムの魂を捨て去る自殺行為でもある。とくに、文春が投票日前に放った「佐藤ゆかりセンセイの不倫メール」はどこのテレビ局も取り上げなかった。あの記事は政治家の“資質”を問うメッセージ…、メールの一部を掲載しての貴重な情報までもが小泉劇場の歓声にかき消されてしまった。あの「不倫メール」の記事を掲載した文春のタイミングは、「さすが!」と思ったほどだ。衆院選というバラエティー番組、お騒がせ候補者のワイドショーを延々と垂れ流し、郵政民営化の是非、その他の政策などには見向きもしなかったテレビは完全に、メディアの名前を返上してしまったようである。その結果、勘違いした輩たちが国会議員のバッチをつけ、「センセイ」と言われるに至ったのである。文春は記事の前書きで、「はっきり言おう。今回の選挙戦は『週刊誌の敗北』だった。活字メディアがさかんに送り出した反小泉のメッセージは、小泉に乗っ取られてしまったテレビの前では蟷螂の釜に過ぎなかった。低俗なテレビ番組に慣らされた国民を引き連れて小泉首相はどこへ向かうのか」と、活字メディアがテレビに及ばなかったことを「敗北」と記している。この潔さこそ、文春が発する「怒り」と「悔しさ」に他ならない。今回、文春の記事を読んで「ごもっとも」と同感したが、だからといってなにも、文春を贔屓にしているのでも、賞賛しているのでもない。ただ、文春の怒りに気持が重なっただけである。活字媒体の敗北…、しかし敗北は活字媒体だけではない。日本のマスコミ自体、とっくの昔に敗北している。実際、日本のマスコミは相変わらず、選挙が終わったら今度は、小泉将軍に敗れた悔しさを「小泉チルドレン」に向けて騒いでいる始末。これではテレビを詰る資格はない。今からでも遅くはない。メディアとして、日本の将来にとって何を発し続けなければならないかを真剣に考えていかなければならない時が到来したようである。

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コメント

確かに「あの記事」は直接的に「政治家の資質」を問えるようなものではないと思う。ただ、この国(日本)は相変わらずあのデモクラシー「後退」国追随を未だに続けているのは確固たる事実であり、成熟していない事を意味する。欧州各国にしても某王室関係の報道が示す通りで、成熟していないのは若干の程度の差こそあれ基本的にはどこでも同じだろう。
またあの選挙の一連の報道のあり方にしても成熟していない点では勝ち犬も負け犬も全く同レベルにしか見えない。
>テレビは「公」の使命を背負っている
とあるが、ここで既に勘違いをしている。テレビ局はあくまでも「民間企業」であり、そこでは何よりも利益が最優先する、すなわち「公」の立場には絶対になり得ない。それにデジタル地上波の問題もあり、余計お上(誰?)からのバイアス(+多額の税金付き)はかかっている筈。そういった意味では山岡さん他「フリー」の人達の今後の活躍が期待出来るでしょう。おそらくこれから「正念場」を迎える筈。寝首を掻く程度の報道を連発しても連中(誰?)は全く動じないし、余計おかしな方向へ行くだけ。どうせやるなら物事の「重心」を見事に射抜かれる事ですね。

投稿: 匿名さん | 2005.10.18 13:07

負け犬の遠吠えもいい加減にした方がいいよ。
>あの記事は政治家の“資質”を問うメッセージ
性生活がどう政治家の資質に結びつくのかわからんが。ミッテランが隠し子をすっぱ抜かれてもフランス人は何の反応も示さなかった。成熟したデモクラシーの元では、私生活と政治活動は分けて考えるのが普通なの。
クリントンと研修生のHネタで国中がマスヒステリー状態になったデモクラシー後進国の人間には理解できないかもしれんが。

投稿: Tammy | 2005.10.14 00:45

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» テレビ、今でも見ていません。 [権力に迎合したマスコミ人を忘れるな!]
総選挙直後は勢いとカラ元気で何回か更新しましたが、 その後はなかなかキーボードを [続きを読む]

受信: 2005.10.15 17:30

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