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2005.06.13

<新連載開始>「NYから眺めたフジヤマ」byマイク・アキオステリス(日本通米国ジャーナリスト)23 日本の「クールビズ狂想曲」

6月1日から温暖化防止を目的にした夏の軽装化(クールビズ)が始まった。軽装だと体感温度が2度下がるのでその分、冷房に費やされるエネルギーが節約できる。政府も「クールビズ」を民間企業や地方自治体に呼びかけている。マスコミもさっそく、各界著名人たちのクールビズ・ファッションを紹介。して、6月1日から一斉、ノーネクタ3イのビジネスマンたちが街に溢れ出した。東京・丸の内の文部科学省では、普段通りのスーツ姿で通勤し、庁舎に着いてから、上着とネクタイを外すという慎重派の職員までいたそうである。日本のサラリーマンたちは長年にわたって、服装の自由を“制限”されてきたようだ。実際、日本ではどんなに暑くても、ネクタイをしめないわけにはいかない。また、ノーネクタイで出勤すると無礼、非常識、変わり者…の視線が注がれる。無理もない。スーツにネクタイは日本のサラリーマンにとって「制服」と同じだからである。それも、派手なスーツや色物のワイシャツはタブーときている。その結果、黒かグレー系統の、ドブネズミ・ファッションが定着してしまった。日本の、あの蒸し暑さではスーツにネクタイは絶対、暑苦しいものだ。でも、日本のサラリーマンはドブネズミ・ファッションを忠実に守ってきた。周りの目を気にする日本人は常に、枠からはみ出した行動は何事も慎まなければならないと自分を縛る。たとえそれが理に適ってなくても…納得のいかないことでも建前、形式である以上、そこからはみ出すことはしない。個人の自由よりも社会的形式を優先する。スーツ姿は「気が引き締まる」と言いながらも結局のところは、それが決まり、形式、常識だから着ている。なんとも日本らしい光景である。日本では6月1日から夏服、10月1日から冬服と、衣替えの時期まで決まっている。この日を境にして、学校や官公庁、銀行などの制服を着用する所は一斉に衣替えをする。みんなと足並みを揃える国民性はまさに、「赤信号、皆で渡れば恐くない」の社会だ。最近の若者はこうした決まりに縛られず各自、自由な服装をしているようだが、それでも社会全体を見渡せばまだまだ目に見えない決まりに縛られている。服装一つでも上からの“許し”がなければ我慢する国民など、世界でも稀である。でも、もう大丈夫だ。首相や経団連会長までが「クールビズでいきましょう」と言っているのだから、大手を振ってネクタイをはずせる。ところが、ノーネクタイに慣れてないからか、なかには何ともいえないクールビズ・ファッションを披露している人もいる。彼らに感じる違和感をして、「やっぱりスーツやネクタイの方がいいかもしれない…」と後悔めいた気持が込み上げる。とくに、政治家のそれは見てられないほどだ。日本の政治家はそれでなくても軽いのに、クールビズで一層その軽さを際立たせている。なにも、個人のセンスを言っているのではない。ただ、いくらノーネクタイとはいえ、国民から選ばれた「議員センセイ」である以上、人格を疑われるようなファッションは困る。とくにひどいと思ったのが麻生太郎総務大臣だ。シャツからのぞかせた金のペンダント、あれはまるでアジアで暗躍している悪徳武器商人のイメージだ。しかし、麻生大臣の薄ら笑いとペンダントが不思議にぴったりと似合っていた。

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