« 顧客との勧誘トラブル連続敗訴を恐れ、密かに和解していたソニー生命 | トップページ | <訃報>本紙・山岡の妹、死去 »

2005.04.03

<新連載開始>「NYから眺めたフジヤマ」byマイク・アキオステリス(日本通米ジャーナリスト)⑨日本のマスコミたちの“恥合戦”

4月に入った週末、久しぶりに家でゆっくり過ごすことにした。3日から「サマータイム」が始まる。日本は「桜前線」で春の到来が告げられるが、アメリカはサマータイムが境になっている。それにしても、「桜前線」とは見事な言葉だ。このような言葉は多分、日本人にしか思いつかない感性だ。インターネットで日本のニュース・サイトにアクセスした。するとそこに、本紙の山岡氏が取り上げた「朝日新聞が武富士から5千万円」の記事が掲載されていた。「武富士=山岡氏」の因果関係を知っているだけに、他のサイトもチェックしてみた。他のマスコミも似たような報道であった。朝日新聞といえば日本を代表するメディアである。先日も、放映前のNHK番組に政治家が関与していることを批判し、「天下のHNK」と派手なバトルを繰り広げた「天下の朝日」である。ところが、その朝日新聞が武富士から5千万円を受け取ったというから、呆れる。このことを最初に報じたのが「週刊文春」だが、同誌の発行元文芸春秋社もまた、日本有数の媒体である。また、その文春の記事にちょくちょく噛み付くのが「週刊新潮」、その逆も少なくない。このようなことは放送業界も同じだ。他局はライブドアとフジTVのバトルを大々的に報じた。asapy_anime005もちろん、視聴率や発行部数の熾烈な競争ゆえ、それなりのライバル意識もわからないわけではない。しかし、相手マスコミの「非」と「負」を鬼の首でもとったように掲げる幼稚さは、まるで、日本のメディアは常に「仁義なき戦い」に明け暮れているように感じられる。マスコミだろうが、国家だろうがそこに、「非」や「負」がある以上、それを暴き、報じるのがマスコミの使命、義務である。ところが、日本の場合、他社の非を報じるというより、商売敵の非をここぞとばかりに、それも得意になって翳している印象である。これは裏を返せば、己の不祥事や恥は一切ダンマリと決め込むか、あるいは縮小して報じるかのどちらかとなる。実際、今回の朝日新聞の件でもそうであった。朝日新聞が武富士から5千万円を受け取ったことを記事にした『週刊文春』の新聞広告に際し、「朝日新聞」に掲載する広告のみ「人はそれをブラックジャーナリズムと言う」、の小見出しが黒く塗りつぶされた。20050331kuronuri日本には「目くそ鼻くそを笑う」という言葉があるが、まさに「目くそ」「鼻くそ」の違いでしかない。それにしても、マスコミの非がこれだけ頻繁に垂れ流されるに至っては、彼らに果たして社会を監視する資格があるのだろうかと思わずにいられない。日本では警察がなにかの不祥事を起こした際、マスコミはこぞって、「市民の生活を守る警察が悪いことをするとは何事か!」と槍玉にあげるが、それに似てなくもない。アメリカのマスコミが不祥事を起こした場合、自らの戒めをもって敏速に、世間が納得する制裁処置を講じる。それも、日本のような「甘い処置」ではない。つまり、マスコミ全体の信頼を守るために、自らジャーリズムの厳しさをもって向かい合っている。このようなことは日本のマスコミにはできない。マスコミの信頼と良識は決して発行部数や視聴率にあるのではなく、自らの非をも容赦なく制裁できるところのジャーナリズム精神にある。日本のマスコミを見ていると皆、「マスコミ屋」か「メディア商人」にしか見えないのである。

|

« 顧客との勧誘トラブル連続敗訴を恐れ、密かに和解していたソニー生命 | トップページ | <訃報>本紙・山岡の妹、死去 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/57690/3538990

この記事へのトラックバック一覧です: <新連載開始>「NYから眺めたフジヤマ」byマイク・アキオステリス(日本通米ジャーナリスト)⑨日本のマスコミたちの“恥合戦”:

« 顧客との勧誘トラブル連続敗訴を恐れ、密かに和解していたソニー生命 | トップページ | <訃報>本紙・山岡の妹、死去 »