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2005.02.24

<新連載開始>「NYから眺めたフジヤマ」byマイク・アキオステリス(日本通米ジャーナリスト) ②植草元教授の「モラルと資質」

26685米国時間2月21日、今日は「プレジデント・デー」で休日だ。朝起きて日本からのメール・マガジンに目を通す。日本時間二十一日、「手鏡」で逮捕された元教授植草一秀被告(44)の求刑があり、検察は懲役四月を求刑。弁護側は「誤認逮捕だ」と、無罪を主張。最終陳述で植草被告は「私は無実、潔白です」と述べたという。“懐かしい”事件だ。この種の事件には目のない日本のマスコミはさっそく、センセイに「ミラーマン」とのニックネームを献上した。それにしても「ミラーマン」とは、笑わせる。このへんのセンスは多分、日本のマスコミが世界一だろう。私は当初、エリート人生を棒に振った彼に同情した。ところが、である。その後の、ミラーマンの言動にがっかりした。この程度の人間が今まで、日本の経済政策を論じ、活躍していたかと思うと腹が立ってきた。あの一件にて彼の、モラルや資質は見事に証明されたにもかかわらず今尚、「私は潔白だ」といっているから益々、嫌な野郎に思えてきた。なるほど、“法的解釈”においては、無罪もあり得る(法的ゲームの攻防戦において)。しかし、車のトランクから出てきた変態写真、携帯電話のロリコン画像、女子学生の制服や大量のビデオ…、あの事件はこれらの延長線上にて生じたであろうことは、想像に難くない。それを今更、「私は無罪」だと主張するのは尚も、「法の抜け穴」を探して生き延びようとしている、としか思えない。つまり、「法廷ゲーム」に賭ける卑怯さである。それが吉と出るか凶と出るかは、楽しみだが、このセンセイのことだから多分、無罪にでもなったらさっそく、「国家権力によって被害者にされた」と、照れと恥をカムフラージュすべく目一杯、騒ぐだろう。もちろん、裁判には冤罪もある。また、ロリコンや性的趣味も個人の自由だ。だが、公人の看板を掲げて飯を食ってきた以上、モラルや資質における責任の方が、「ミラーマン」のそれよりも重いのである。無罪になろうが有罪になろうがそんなもの、もはや関係のないことだ。日本もそろそろ、公人たちのモラルや資質を監視し、制裁する「厳しき世論」を根付かせていかなければならない。アメリカのOJシンプソン事件は「無罪」の判決が下された。しかし、社会の良識は、彼の人間的モラルや資質をして、公の場で語る資格のない人間、との烙印を押している。マスコミも彼を、“話題”にすらしない。「人権」を隠れ蓑にしている偽善を見逃さない厳しさこそ、社会的モラル、良識が注ぐ厳しさなのである。実際、米社会における社会的監視や制裁は、日本では想像もできない厳しさにあり、この延長線上にて「陪審員制度」が維持されている。これに比べると日本は、天国だ。何度も逮捕された芸能人でも、ミソギの期間が終わればマスコミに復帰できる。また、悪い事をしでかしても「法律」さえ巧みにすり抜ければ、善人面できる。世界でもこれほど都合にいい国は、ないだろう。だからか、汚れた政治家や欲ボケした経営者たちが何年、何十年と裁判を引き伸ばしては、のさばっている。して、これらのモラルや良識を監視するのがマスコミや国民なのだが…、いかんせん、監視するどころかこれまた、一緒になって騒ぐ程度の良識しかもち合わせていないときている。あの「ミラーマン」が「無罪・潔白」を主張するのもなんとなく、わかるような気がしてきた(週1回を基本に、米国の日本通、ベテランのジャーナリストが、日本で話題になっていることを素材に、日本では当たり前、常識と思っていることが、実は世界的には例外、非常識であると解説するなど、日本の現状に鋭く切り込みます)。

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